図 4 学ぶために必要な科目・学問学ぶために必要な科目 2
物理
ベランダはなぜ先端ほど負担が大きいのか、断熱材はなぜ薄くても暖かいのか、教室にはどれくらいの明るさが要るのか。建築学の構造と環境の授業は、高校の物理基礎・物理で学ぶ力・熱・波の法則から始まります。

ひとことで言うと
シーソーは、座る位置で重さの効き方が変わる
シーソーでは、軽い人でも端に座れば、重い人とつり合います。重さだけでなく、支点からの距離が効くからです。建物の梁やベランダも同じ考え方で、どこにどれだけの力がかかるかを、物理の力のモーメントで計算します。

01
構造と環境、2 つの柱は物理から
建築学の工学の分野は、大きく 2 つに分かれます。地震や重さに耐える建物を考える構造と、暑さ寒さ・明るさ・音を整える環境です。日本学術会議の参照基準も、構造力学などの力学と、熱・空気・音・光に関わる環境の基本を、学ぶ人が身につける事項に挙げています。
どちらの入口も、高校の物理にあります。物理の「剛体のつり合い」は構造力学へ、物理基礎の「熱」は断熱や冷暖房の計算へつながります。物理基礎・物理の「波」で学ぶ音と光は、教室やホールの響きや明るさを考える土台です。
多くの大学では、2 年で構造力学と建築環境工学を学び、3 年で実験に取り組みます。力・熱・波の 3 つの単元を押さえておくと、どちらに進んでも授業に入りやすくなります。
構造は力、環境は熱と波。高校の物理が、そのまま入口になります。
図解高校の物理が建築学で育つ場所
- 剛体のつり合い構造力学: 梁と柱にかかる力
- 熱の移動断熱と冷暖房の計算
- 音波響きと騒音を整える
- 光照明と窓からの明るさ
- 電気照明や空調の設備

02
力のモーメント: ベランダは先端ほどきびしい
物理では、物を回そうとする働きを力のモーメントと呼び、「力 × 回転の中心からの距離」で表します。剛体がつり合うのは、力の和とモーメントの和がどちらも 0 になるときです。この 2 つの式が、構造力学のいちばんの道具です。
壁から 1.5 m はね出したベランダのように、片側だけを固定した梁を片持ち梁と呼びます。体重 60 kg(約 600 N)の人が先端に立つと、付け根を曲げようとする働きは 600 × 1.5 = 900 N·m です。付け根から 0.5 m の所なら 300 N·m で、先端に立つと 3 倍になります。
両端を柱で支えた梁でも、同じ式で柱にかかる力が分かります。長さ 4 m の梁の左端から 1 m の所に、600 N の荷物をのせたとします。右端のまわりのモーメントのつり合いから、左の柱は 450 N、右の柱は 150 N を支えます。荷物に近い柱ほど、多くを受け持つわけです。
1880 年代、スコットランドのフォース鉄道橋の建設では、片持ち梁のしくみを人で表した写真が撮られました。中央に座っているのは、東京の工部大学校で学び、グラスゴー大学に留学した日本人技術者の渡邊嘉一です。両側の 2 人の腕は引っ張られ、斜めの棒は押されて、外側のれんがとつり合っています。
力を矢印で描き、モーメントのつり合いを立てれば、梁や柱にかかる力が分かります。
図解ベランダの付け根にかかる働き
- 1モーメント = 力 × 付け根からの距離
- 2先端に立つ: 600 × 1.5 = 900 N·m
- 3付け根から 0.5 m に立つ: 600 × 0.5 = 300 N·m


03
熱の伝わり方: 断熱材はなぜ薄くても効くのか
物理基礎では、熱が温度の高い所から低い所へ移ることを学びます。熱の伝わり方には、伝導・対流・放射の 3 つがあります。壁や屋根を通して逃げる熱を考えるとき、まず計算するのが伝導です。
材料の熱の伝えやすさは、熱伝導率で表します。北海道立総合研究機構の林産試験場の資料では、コンクリートは 1.6 です。杉やヒノキなどの木材は 0.12、住宅用のグラスウールは 0.045 です(単位は W/(m·K))。数字が小さいほど、熱を伝えにくい材料です。
厚さ 10 cm、面積 1 m² の壁で、室内 20 ℃・外 0 ℃ のときを考えます。逃げる熱は「熱伝導率 ÷ 厚さ × 面積 × 温度差」で、コンクリートは 1.6 ÷ 0.1 × 20 = 320 W です。グラスウールなら 9 W で、約 36 分の 1 になります(表面の空気の層などを考えない、簡単な計算です)。
グラスウールが熱を伝えにくいのは、細い繊維のすき間に、動かない空気をたくさん閉じこめているからです。同じ資料は、厚さ 100 mm のグラスウールと同じ断熱の性能を木材で得るには、300 mm の厚さが必要だと説明しています。
熱伝導率と厚さが分かれば、壁から逃げる熱を前もって計算できます。
図解厚さ 10 cm・1 m² の壁から逃げる熱(温度差 20 ℃)
コンクリート
- 熱伝導率 1.6
- 逃げる熱 320 W
- 熱を伝えやすい
木材(杉など)
- 熱伝導率 0.12
- 逃げる熱 24 W
- コンクリートの約 13 分の 1
グラスウール
- 熱伝導率 0.045
- 逃げる熱 9 W
- 動かない空気を閉じこめる

04
音と光: 教室の静かさと明るさにも基準がある
物理基礎では、音が空気を伝わる波で、壁に当たると反射することを学びます。音の速さは毎秒約 340 m です。17 m 先の壁に向かって手をたたくと、往復 34 m を進んだ音が、約 0.1 秒後に戻ってきます。
建築では、音を吸う「吸音」と、音を通さない「遮音」を分けて考えます。カーテンや穴のあいた天井板は、音を吸って響きを抑えます。外や隣の部屋の音を防ぐには、重く、すき間のない壁や窓が必要です。文部科学省の学校環境衛生基準では、教室の騒音は、窓を閉じて 50 dB 以下、開けて 55 dB 以下が望ましいとされています。
明るさは、机などの面に届く光の量である照度で表し、単位はルクス(lx)です。学校環境衛生基準は、教室の照度の下限を 300 lx とし、500 lx 以上が望ましいとしています。小さな電球からの照度は、距離が 2 倍になると 4 分の 1 になります。距離の 2 乗に反比例する関係は、物理で学ぶ万有引力の法則と同じ形です。
建築学科のある大学には、壁も床も硬くして音をよく響かせる残響室や、反対に音をほとんど反射させない無響室を持つところがあります。材料が音をどれだけ吸うかを測り、ホールや教室の設計に生かします。
音と光の性質が分かると、静かで明るい部屋を数字で設計できます。


05
苦手でも大丈夫: どこから学び直すか
物理でつまずきやすいのは、力を矢印で描かずに、式だけで解こうとすることです。まず物理基礎の「力のつり合い」で、物体に働く力をすべて矢印で描く練習をしてください。そのうえで、物理の「剛体のつり合い」で、モーメントの式を立てます。
環境の分野に向けては、物理基礎の「熱」と「波」が入口です。熱量の計算や、音の速さと反射を、身のまわりの部屋に当てはめて考えてみてください。単位をそろえ、答えの大きさがおかしくないかを確かめる習慣も、大学の演習でそのまま役に立ちます。
入試で物理を課すかどうかは、大学や入試の方式によって異なります。多くの大学では、1 年に物理学の授業があり、高校の力学を学び直せます。このサイトの高校の「物理」のページと、大学の「物理学」のページもあわせて読んでみてください。
力・熱・波の 3 つの単元が、構造と環境の授業の入口です。
図解学び直しのおすすめの順番
- 1物理基礎: 力力を矢印で描き、つり合いを立てる
- 2物理: 剛体力のモーメントのつり合い
- 3物理基礎: 熱熱量と熱の移動
- 4物理基礎・物理: 波音の反射と光の性質
高校生のうちに試せること
定規で片持ち梁を試す
30 cm の定規の端を机に押さえ、はみ出した部分に消しゴムをのせましょう。消しゴムを先端に置いたときと、付け根の近くに置いたときで、定規のたわみ方を比べてください。はみ出す長さを変えると、モーメントの考え方が手で分かります。
コップのお湯で断熱を比べる
同じ量のお湯を入れたコップを 3 つ用意し、1 つはそのまま、1 つはタオル、1 つはアルミホイルで包みましょう。10 分ごとに温度を測り、冷め方の違いをグラフにしてください。やけどに気をつけて試しましょう。
教室の明るさを測る
無料のアプリ phyphox の光のセンサーで、教室の机の上の照度を測りましょう。窓ぎわと廊下側、照明をつけたときと消したときを比べ、学校環境衛生基準の 300 lx・500 lx と比べてください。光のセンサーが使えない機種もあります。
phyphox
「物理」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 34 件から探せます。

建築環境工学研究室
九州大学(福岡県)
環境理工学・伊藤 一秀 教授

光環境適応研究グループ
岡山大学(岡山県)
資源植物科学研究所・植物分子生物学・坂本 亘 教授
強い光による光合成の障害から植物が身を守る仕組みや、葉緑体の維持・DNA代謝の仕組みを解析する。
建築環境シミュレーション学研究室
九州大学(福岡県)
空間システム・劉 城準 准教授
建築環境学
広島大学(広島県)
先進理工系科学研究科 建築学プログラム・建築学・金田一 清香 教授
人間行動、環境心理、地域の景観などを研究している。

都市・建築環境学
岡山大学(岡山県)
工学部 環境・社会基盤系 都市環境創成コース・建築環境工学・鳴海 大典 教授
快適な都市環境と環境負荷の低減を両立するエネルギーシステムとその使い方を研究する。
川井・丸山研究室
熊本大学(熊本県)
工学部 土木建築学科 建築学教育プログラム・建築音響・川井 敬二 教授
建築の音環境や室内音響、サウンドスケープを研究する。
よくある質問
物理基礎しか学んでいなくても、建築学科に入れますか?
入試で物理を課すかどうかは、大学や入試の方式によって異なります。入学後は、1 年の物理学や 2 年の構造力学で、力のつり合いから学び直します。物理の「剛体のつり合い」を高校のうちに読んでおくと、構造力学に入りやすくなります。
構造と環境のどちらに進むか、いつ決めますか?
多くの大学では、3 年以降のコース分けや、4 年で研究室を選ぶときに決めます。1・2 年では両方を学ぶので、授業を受けてから興味のある方を選べます。時期は大学によって異なります。
熱や音の計算は、どんな仕事で使いますか?
建物の設備設計では、壁や窓から逃げる熱を計算して、冷暖房の機械の大きさを決めます。ホールや教室の響き、外の騒音を防ぐ壁や窓を考えるのも、環境や設備を学んだ人の仕事です。
