図 4 学ぶために必要な科目・学問学ぶために必要な科目 3
数学・統計
生き物の数の増え方は指数関数とロジスティック曲線で、遺伝の比は確率で、実験の結果の確かさはカイ二乗検定で表します。DNA の配列はプログラミングで読みます。高校の数学が、生物学の結論を数字で確かめる道具になります。

ひとことで言うと
そのサイコロ、いかさま?
サイコロを 60 回振って 1 の目が 13 回出ても、いかさまとは言えません。でも 30 回出たら、さすがに怪しいと感じます。どこからが「偶然では説明しにくい」のかを数字で決めるのが統計で、生物学の実験の結果も同じ考え方で確かめます。

01
生物学は、数えて測る学問
生物学では、生き物の数、遺伝子の割合、DNA の文字など、数えたものから考えます。日本学術会議の参照基準は、仮説を立てて実験し、結果を適切な統計分析で確かめる方法を、実際の実験を通して学ぶことが大切だとしています。測定には必ず誤差が伴うことも、理解すべき点に挙げています。
千葉大学の生物学科では、2 年に「生物数学」と「生物統計学」があります。1 年の教養の科目にも、数理・データサイエンスが並びます。科目の名前や学ぶ時期は、大学によって異なります。
数学と生物学の両方が分かる人は、仕事でも頼りにされます。ゲノムのデータを解析するバイオインフォマティクスの技術者や、薬や食品の効き目を統計で確かめる研究職などです。生物学の「研究者・生命データの解析」のページもあわせて読んでみてください。
下の図は、高校の数学の単元と、生物学での使い道の例です。計算はコンピュータに任せられても、どの式や方法を使うかを選ぶのは人です。
生物学の結論は、数えた数字を確かめて初めて言えます。
図解高校の数学と生物学の使い道
- 指数・対数生き物の数の増え方
- 数列世代ごとに変わる遺伝子の割合
- 場合の数と確率メンデルの比、遺伝の計算
- データの分析ばらつきと仮説検定の考え方
- 統計的な推測実験の結果の確かさを判断する
- プログラミング情報 I で学ぶ。DNA の配列を数える

02
指数関数とロジスティック曲線: 増え方はいつか止まる
数学 II の学習指導要領の解説は、バクテリアの増殖などの自然現象は指数関数で表されることが多い、と書いています。1 日に 1 回分裂するゾウリムシなら、1 匹が 2、4、8、16 匹と増え、t 日後には 2 の t 乗匹になります。
倍々で増えると、最後に一気に増えたように見えます。アメリカの教材 Nature Education の Scitable に、こんな問題があります。池のスイレンの葉が毎月 2 倍に増え、池の半分をおおうのに 3 年かかった。池の全部をおおうのは、あと何か月後でしょう。答えは、たったの 1 か月後です。
でも、実際の池や試験管では、場所や食べ物が足りなくなり、増え方はいつか止まります。その上限を環境収容力 K と呼びます。増える速さに (K − N) ÷ K をかけた式がロジスティック方程式で、試験管で育てたゾウリムシの数も、この S 字の曲線によく合います。
下の図のように、増える速さは数が K の半分のときにいちばん大きくなります。どこまで、どのくらいの速さで増えるかを見積もる考え方は、害虫の対策や、野生の生き物の数の管理にも使われます。
指数関数で増え始め、環境収容力で止まる。これが個体群の増え方の基本です。
図解ロジスティック方程式で、増える速さを比べる
- 1N = 100 匹のとき: 100 × 900 ÷ 1,000 = 1 日に 90 匹
- 2N = 500 匹のとき: 500 × 500 ÷ 1,000 = 1 日に 250 匹
- 3N = 900 匹のとき: 900 × 100 ÷ 1,000 = 1 日に 90 匹


03
確率: メンデルの 3 対 1 と、耳あかの遺伝子
メンデルは修道院の庭でエンドウを育て、1865 年に結果を発表しました。丸い種子としわの種子の親からできた雑種を自家受粉させると、次の代の種子は丸 5,474 個・しわ 1,850 個で、比は 2.96 対 1 でした。
確率で考えると、理由が分かります。雑種は丸の遺伝子 A としわの遺伝子 a を 1 つずつ持ち、子にはどちらかが 2 分の 1 の確率で伝わります。しわになるのは aa の 4 分の 1 だけなので、丸としわは 3 対 1 になります。数学 A の「場合の数と確率」そのものです。
集団の中の遺伝子の割合を扱うのが、ハーディ・ワインベルグの法則です。1908 年、イギリスの数学者ハーディと、ドイツの医師ワインベルグが別々に示しました。純粋数学者として知られるハーディが、科学誌 Science に送った 1 ページほどの手紙でした。
身近な例が耳あかです。耳あかには湿型と乾型があり、湿型が顕性(優性)です。2006 年、長崎大学の新川詔夫さんたちは、型が ABCC11 という遺伝子の 1 文字の違いで決まることを突き止めました。日本人の 70〜80% は乾型です。乾型を 8 割とすると、乾型の遺伝子の割合は √0.8 で約 0.89、湿型の遺伝子は約 0.11 です。湿型の人のうち、湿型の遺伝子を 2 つ持つのは全体の約 1% だけで、湿型の人の 9 割以上は乾型の遺伝子も持っている計算になります。
遺伝の比も、集団の中の遺伝子の割合も、確率の計算で予想できます。


04
カイ二乗検定: 2.96 対 1 は、3 対 1 と言ってよいか
実験で数えた数は、予想どおりにはなりません。2.96 対 1 のずれが偶然の範囲か、それとも予想が違うのかを判断するのが、カイ二乗検定です。1900 年にイギリスのピアソンが考えました。同じ 1900 年は、埋もれていたメンデルの法則が、3 人の研究者によって再発見された年でもあります。
やり方は、(実際の数 − 予想の数)の 2 乗 ÷ 予想の数 を、組ごとに足すだけです。下の図のように、メンデルのデータでは約 0.26 になります。2 つの組を比べるこの場合は、3.84 より小さければ、5% の基準で、ずれは偶然の範囲と判断します。
ところが 1936 年、統計学者のフィッシャーは、メンデルの実験全体を調べ、結果が予想に近すぎると指摘しました。偶然のばらつきなら、もう少しずれるはずだというのです。この論争は長く続き、2010 年には、無意識のかたよりで説明できるとする論文も統計学の学術誌に出ています。
高校では、数学 I で仮説検定の考え方を、数学 B で正規分布を使った区間推定と仮説検定を学びます。理数科の「理数数学 II」の解説には、発展としてカイ二乗検定を扱うことも考えられる、とあります。大学の生物統計学では、こうした検定を自分の実験のデータに使います。
検定を使うと、ずれが偶然か本物かを数字で判断できます。
図解メンデルのデータで、カイ二乗を計算する
- 1予想の数: 丸は 7,324 × 3/4 = 5,493、しわは 7,324 × 1/4 = 1,831
- 2丸: (5,474 − 5,493)² ÷ 5,493 ≒ 0.066
- 3しわ: (1,850 − 1,831)² ÷ 1,831 ≒ 0.197
- 4合計 ≒ 0.26。基準の 3.84 よりずっと小さい

05
プログラミングと学び直し: どこから始めるか
DNA の配列は、A・T・G・C の 4 文字が長く並んだものです。国立遺伝学研究所(静岡県三島市)の DDBJ は、アメリカとヨーロッパのデータバンクと協力して、世界中の配列を集めて公開しています。DDBJ は、今日の生命科学ではコンピュータが実験器具と同じくらい必要だと説明しています。
配列を数えるのは、プログラミングの得意分野です。Python なら、配列の中の G の数を数える命令は count('G') と書くだけです。G と C の割合(GC 含量)が分かると、化学のページで紹介した、2 本の鎖の離れにくさの見当もつきます。
学び直しは、数学 I の「データの分析」で平均と分散を確かめるところから始めるのが近道です。次に数学 A の確率、数学 II の指数・対数、数学 B の「統計的な推測」へ進みます。情報 I で学ぶプログラミングも、生物学の実験道具の 1 つになります。
このサイトの高校の「数学」のページと、大学の「数学」のページもあわせて読んでみてください。生物学の「進化・多様性」のページでは、遺伝子の割合から進化を数える方法を紹介しています。
数学とプログラミングは、生き物のデータを読むための道具です。
図解学び直しのおすすめの順番
- 1数学 Iデータの分析、仮説検定の考え方
- 2数学 A場合の数と確率で、遺伝の比
- 3数学 II・B指数・対数、統計的な推測
- 4情報 Iプログラミングで配列を数える

高校生のうちに試せること
表計算で、ロジスティック曲線を描く
表計算ソフトの A1 に 10 と入れ、A2 に「=A1+A1*(1000-A1)/1000」と入れて、下へ 20 行ほどコピーしましょう。グラフにすると、はじめは倍々に近く増え、1,000 に近づくと止まる S 字の曲線が描けます。式の 1000 を別の数に変えて、曲線の形の変わり方を確かめてください。
10 円玉 2 枚で、メンデルの比を確かめる
10 円玉 2 枚を同時に投げ、表を A、裏を a として、2 枚とも裏(aa)になった回数を記録しましょう。100 回投げると、aa はおよそ 25 回になるはずです。友だちの結果も合わせて、本文のカイ二乗の計算で 3 対 1 からのずれを確かめてください。
Google Colaboratory で、DNA の文字を数える
Google Colaboratory は、ブラウザだけで Python を書いて動かせる無料のサービスです(Google アカウントが必要)。好きな DNA の配列を文字列として入れ、count('G') と count('C') で G と C を数えて、GC 含量を計算しましょう。
Google Colaboratory
「数学・統計」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 88 件から探せます。
生命情報計測学教室
東京大学(東京都)
薬学系研究科・物理薬科学・太田 禎生 教授
ゲノム情報機能学
名古屋大学(愛知県)
応用生命科学・藤田 祐一 教授
光合成生物のクロロフィル生合成や窒素固定などの分子機構を研究する。
ゲノム情報科学分野
大阪大学(大阪府)
薬学研究科(協力分野)
生命機能数理研究室
広島大学(広島県)
統合生命科学研究科 数理生命科学プログラム・数理生物学
ゲノム情報学
筑波大学(茨城県)
生物学・澤村 京一
井元研究室
東京大学(東京都)
情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻・ゲノム情報学・データサイエンス・井元 清哉 教授
よくある質問
数学が苦手でも、生物学科でやっていけますか?
大学の生物学でよく使うのは、確率・指数関数・統計の考え方です。計算そのものは表計算ソフトやプログラムに任せられるので、どの方法を使い、出てきた数字が何を意味するかを説明できることが大切です。千葉大学の生物学科のように、2 年に生物数学や生物統計学を置き、基礎から学べる大学もあります。
数学 III は必要ですか?
入試で数学 III を課すかどうかは、大学や入試の方式によって異なるので、募集要項で確かめてください。ロジスティック方程式のように、生き物の数の変わり方を表す式は微分方程式なので、数学 III の微分・積分を学んでおくと授業が分かりやすくなります。
プログラミングは、高校生のうちから学んだほうがいいですか?
必須ではありませんが、学んでおくと役に立ちます。大学によっては、DNA の配列の解析や系統樹づくりで Python などを使う授業があります。まずは情報 I の内容を土台に、表計算ソフトでデータを並べてグラフにすることから始めてみてください。
出典
- 日本学術会議「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 生物学分野」(2013 年 10 月)
- 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説 数学編 理数編」
- Nature Education Scitable「How Populations Grow: The Exponential and Logistic Equations」
- MendelWeb「Experiments in Plant Hybridization (1865)」(メンデルの論文の英訳)
- 科学技術振興機構「ヒトの耳垢型が ABCC11 遺伝子の一塩基の変化で決定されることを発見」(2006 年 1 月 30 日)


