図 4 学ぶために必要な科目・学問学ぶために必要な科目 2
数学
pH や半減期は指数と対数で、反応の進み方は微分方程式で、分子の中の電子は行列で表します。高校の数学 II・III・C の単元が、大学の化学の教科書を読むための道具になります。

ひとことで言うと
見えない分子を、数字で見るめがね
分子は小さすぎて、目では見えません。対数を使うと 100 兆倍も違う濃さを 1 本のものさしに並べられ、微分方程式を使うと 1 万年後の量まで見通せます。数学は、目の代わりに分子の世界を見せてくれるめがねです。

01
化学の式は、高校の数学でできている
大学の化学では、数式がぐっと増えます。日本学術会議の参照基準は、化学熱力学について、エントロピーやギブズエネルギーの考え方と、その数学的な導き方を理解するよう求めています。目に見えない分子を扱うので、大きさやエネルギーの数値の見当をつけられることも大切だとしています。
高校の学習指導要領の解説には、理科とのつながりを示す一文があります。理科の科目を学ぶうえで指数関数・対数関数を早く学んだほうがよい場合は、ほかの内容より先に学ぶことも考えられる、というものです。化学では、pH や反応の速さの計算で、指数と対数を早くから使います。
下の図は、高校の単元と化学での使い道の例です。どれも、化学の授業でくり返し出てきます。物理化学や量子化学の教科書は、こうした道具を組み合わせて書かれています。
化学の式の多くは、高校の数学の組み合わせです。
図解高校の数学と化学の使い道
- 指数・対数pH、平衡定数、反応の速さ
- 微分濃度が変わる速さを表す
- 積分微分方程式を解いて半減期を出す
- 行列分子の中の電子のエネルギー
- 確率・統計測った値のばらつきと誤差

02
指数・対数: pH はビール会社の研究所で生まれた
pH は、1909 年にデンマークの化学者セーレンセンが考えた表し方です。アメリカの科学史研究所によると、当時セーレンセンは、カールスバーグ研究所の化学部門を率いていました。ビール会社カールスバーグが支える研究所で、たんぱく質の分析を研究していたのです。
pH は、水素イオンの濃度の常用対数にマイナスを付けたもの(pH = −log₁₀[H⁺])です。水素イオンの濃度は、液によって 100 兆倍も違います。対数を使うと、その違いを 0〜14 ほどの数に収められます。
そのぶん、pH の小さな変化は、濃度では大きな変化です。気象庁によると、日本の南の東経 137 度線の海面では、pH が 1985〜2025 年に 10 年あたり平均 0.019 下がりました。40 年で約 0.076 なので、水素イオンの濃度は 10 の 0.076 乗で、約 1.2 倍になった計算です。
対数を使うと、桁の違う濃さを同じものさしで比べられます。
図解海の pH の変化を、濃度に直す
- 140 年分の低下: 0.019 × 4 ≒ 0.076
- 2pH が 1 下がると、水素イオンの濃度は 10 倍
- 30.076 下がると、濃度は 10 の 0.076 乗倍


03
微分方程式: 炭素 14 で 1 万年前を測る
高校の化学では、反応の速さを「単位時間あたりの濃度の変化」と学びます。大学では、これを微分で書きます。物質 A が一定の割合で減る反応(一次反応)なら、d[A]/dt = −k[A] です(k は速度定数)。濃度が減る速さが、そのときの濃度に比例する、という意味です。
この微分方程式を、数学 III の微分・積分を使って解くと、[A] = [A]₀e^(−kt) という指数関数になります。量が半分になる時間(半減期)は ln 2 ÷ k で、はじめの量によらず一定です。化学基礎で学ぶ放射性同位体の減り方も、同じ形の式で表せます。
これを使ったのが、炭素 14 による年代測定です。生き物は生きている間、大気と同じ割合の炭素 14 を取り込みます。死ぬと取り込みが止まり、炭素 14 は半減期約 5,730 年で減っていきます。アメリカ化学会によると、方法を考えたリビーは、年輪で年代が分かっている木などで確かめ、1960 年のノーベル化学賞を受けました。
炭素 14 が 4 分の 1 に減っていれば、半減期 2 回分で約 11,460 年前です。70% 残っていれば、5,730 × log₂(1 ÷ 0.7) を計算して、約 2,950 年前と分かります。
微分方程式を解くと、1 万年の時間を計算できます。


04
行列: ベンゼンが安定な理由を計算する
量子化学では、分子の中の電子のエネルギーを、行列の計算で求めます。1930 年代のはじめ、ドイツのヒュッケルは、二重結合などの電子だけを取り出して、簡単な行列で扱う方法を考えました。いまもヒュッケル法と呼ばれ、量子化学の授業でよく使われます。
いちばん簡単なエチレンでは、対角に α、その外に β を置いた 2 行 2 列の行列になります。固有値(その行列にとって特別な値)を求めると、α + β と α − β の 2 つが出てきます。β はマイナスの値なので、α + β のほうがエネルギーが低く、2 個の電子はそこに入ります。
ベンゼンでは 6 行 6 列になり、固有値は α + 2β が 1 つ、α + β が 2 つ、と続きます。6 個の電子を低い順に入れると合計は 6α + 8β で、二重結合 3 つ分の 6α + 6β より 2β だけ低くなります。実験でも、ベンゼンは二重結合 3 つの場合の予想より約 150 kJ/mol 安定です。ベンゼンが付加反応を起こしにくい理由が、計算から見えてきます。
高校の数学 C では、「数学的な表現の工夫」で行列にふれ、評価の表を行列の積として扱う例などを学びます。多くの大学では、1 年の線形代数で固有値を学び、量子化学の計算につなげます。
行列の固有値から、分子の安定さを計算できます。
図解ヒュッケル法で比べる
エチレン(2×2)
- 固有値は α + β と α − β
- 電子 2 個の合計は 2α + 2β
- 3 つ分なら 6α + 6β
ベンゼン(6×6)
- 固有値は α + 2β、α + β(2 つ)など
- 電子 6 個の合計は 6α + 8β
- 3 つ分より 2β だけ安定

05
苦手でも大丈夫: どこから学び直すか
化学で使う数学は、指数・対数と微分・積分が中心です。まず数学 II の指数関数・対数関数で、log の計算に慣れてください。pH の問題を数学の練習として解くと、両方の理解が深まります。
次に数学 III の微分法・積分法で、e の指数関数と自然対数の微分を身につけます。ここまでできると、一次反応の式を自分で解けます。数学 C の行列と、数学 B の統計的な推測もあわせて学んでおくと、大学の授業に入りやすくなります。
千葉大学の化学科のカリキュラム・ツリーでも、1 年の専門基礎科目に微積分学が入り、その先に量子化学や化学統計熱力学が並びます。科目の名前や時期は大学によって異なります。2013 年のノーベル化学賞は、複雑な化学の系をコンピュータで計算するモデルをつくった 3 人に贈られました。参照基準も、AI や統計学が化学に使われ始めていることにふれています。
このサイトの高校の「数学」のページと、大学の「数学」のページもあわせて読んでみてください。化学の「物理化学」のページでは、こうした計算を使う分野の全体像を紹介しています。
log と微分がつながれば、化学の式が読めるようになります。
図解学び直しのおすすめの順番
- 1数学 II指数関数・対数関数
- 2数学 IIIe の微分・積分、自然対数
- 3数学 Cベクトルと行列
- 4数学 B統計的な推測(ばらつき)
高校生のうちに試せること
関数電卓で、pH を濃度に直す
スマートフォンの関数電卓で、10 の −8.0 乗を 10 の −8.1 乗で割りましょう。答えは約 1.26 です。海水の pH が 8.1 から 8.0 に下がると、水素イオンの濃度は約 1.26 倍になります。
表計算で、炭素 14 の減り方をグラフにする
表計算ソフトの A 列に、0 から 30,000 まで 1,000 年ごとの年数を入れましょう。B 列に「=0.5^(A1/5730)」と入れて下の行へコピーし、グラフにします。どの時点から数えても、5,730 年たつと量が半分になることを確かめられます。
2 行 2 列の行列で、エチレンの軌道を計算する
α = 0、β = −1 とした行列を考えます。1 行目が 0 と −1、2 行目が −1 と 0 です。この行列に、ベクトル (1, 1) と (1, −1) をかけてみましょう。それぞれ −1 倍と 1 倍のベクトルが返ってきます。この倍率が固有値で、エチレンの 2 つの軌道のエネルギー α + β と α − β にあたります。
気象庁のグラフで、海の pH の変化を見る
気象庁の「海洋の健康診断表」では、日本の南の海で測った pH の変化をグラフで見られます。グラフの傾きから、10 年でどれだけ下がったかを読み取り、水素イオンの濃度の変化を計算しましょう。
気象庁「表面海水中の pH の長期変化傾向(北西太平洋)」
「数学」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 24 件から探せます。
量子化学
千葉大学(千葉県)
理学部 化学科・量子化学・小西 健久 准教授
X線や電子を物質に当てて放出される電子の振る舞いから、物質の構造を調べる。
量子化学研究室(柳井研究室)
名古屋大学(愛知県)
理論化学
量子化学計算による理論化学を研究する。
量子化学研究室
東京大学(東京都)
理学系研究科化学専攻・量子化学・物理化学・石﨑 章仁 教授
量子化学研究室
東北大学(宮城県)
理学研究科化学専攻・量子化学
量子化学工学グループ
大阪大学(大阪府)
基礎工学研究科物質創成専攻・量子化学工学・北河 康隆 教授
量子理論化学分野
京都大学(京都府)
工学研究科化学理工学専攻・量子理論化学
よくある質問
数学 III を学んでいなくても、化学科に進めますか?
入試で数学 III を課すかどうかは、大学や入試の方式によって異なるので、志望校の募集要項で確かめてください。物理化学や量子化学では、数学 III の微分・積分を使います。入学前に e の指数関数と自然対数の微分まで学んでおくと、授業に入りやすくなります。
計算が苦手でも、化学科でやっていけますか?
大切なのは、速く計算することより、式を立てて、答えの桁が自然かを確かめることです。日本学術会議の参照基準も、分子の大きさやエネルギーの数値の見当をつけられることを大切にしています。このページの pH や半減期のように、意味の分かる例で練習すると身につきやすくなります。
化学に統計は必要ですか?
必要です。同じ量を何度測っても、結果は少しずつばらつきます。学生実験では、測った値の平均やばらつきを求めて、結果がどのくらい確かかを示します。参照基準も、AI や統計学などが化学に使われ始めていることにふれています。
