図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 1
素材・化学メーカーの研究開発
スマートフォンの画面、軽くて強い炭素繊維、塗料やフィルム。製品の性能は、中に使われる材料で大きく変わります。分子を設計して新しい材料を生み、工場でつくれるようにするまでを担う仕事です。

ひとことで言うと
選手に合わせて、シューズをつくる
陸上の選手のシューズは、軽さやクッションのバランスで走りやすさが変わります。素材メーカーの研究開発も、お客さんの「もっと軽く」「曲げても割れないように」という注文に合わせて、分子の組み合わせから材料をつくります。試してもらい、感想を聞いて、また直します。

01
どんな仕事?: 製品の性能を決める材料を生む
素材・化学メーカーは、ほかの会社が製品をつくるための材料をつくる会社です。スマートフォンなら、画面や電池、半導体、カバーのフィルム、外側の塗装や接着剤まで、たくさんの化学の材料が使われています。
研究開発の担当者は、こうした材料の「中身」を考えます。たとえば有機 EL の画面では、炭素を含む分子(有機分子)の薄い膜そのものが光ります。分子の形を少し変えると、光の色や明るさ、長持ちするかどうかが変わります。分子の設計が、製品の性能を決めるのです。
化学の産業は、日本の大きな産業の一つです。日本化学工業協会のまとめでは、プラスチック製品やゴム製品を含めた化学工業の出荷額は、2023 年に約 51 兆円でした。自動車などの輸送用機械に次いで、製造業で 2 番目の大きさです。
分子の設計を変えることで、製品の性能を一段上げられます。
図解スマートフォンの中の化学(例)
- 画面光る有機分子の膜や、色をつくる材料
- 電池電気をためる電極と、電解液
- 半導体回路の模様を焼き付ける感光性の樹脂
- カバー割れにくいガラスや、傷を防ぐフィルム
- 外側色や手ざわりを決める塗料や樹脂
- 接着剤小さな部品をすき間なくとめる


02
1 本の繊維が、釣りざおから旅客機まで
材料の研究が、暮らしを大きく変えた例は少なくありません。日本から生まれた例の一つが、炭素繊維です。炭素繊維は、軽くて強く、さびない材料です。樹脂で固めると、重さの割に鉄よりも強い部品になります。
1959 年、大阪にあった国の工業技術の研究所で、進藤昭男さんが、アクリル繊維を焼いて炭素繊維をつくる方法の特許を出願しました。それまでの炭素繊維より、強くてしなやかで、熱にも強い繊維でした。
この方法をもとに、日本の会社が 1971 年に量産を始めました。初めは釣りざおやゴルフクラブのシャフトに使われ、いまでは旅客機の胴体や水素をためるタンク、風力発電の羽根にまで広がっています。1 本の細い繊維の研究が、何十年もかけて大きな産業になったのです。
材料の研究は、何十年も先の産業の芽になります。


03
化学が生きる場面: 注文を、分子の設計に置きかえる
研究開発は、お客さんの注文から始まることがよくあります。「曲げても割れにくい、透明なフィルムがほしい」。こうした注文を、どんな分子をどうつなげばよいかという問題に置きかえるのが、化学を学んだ人の腕の見せどころです。
大学で学ぶ化学は、この仕事のどの場面でも生きます。有機化学や高分子化学で分子の骨組みを考え、フラスコで合成します。狙いどおりの物ができたかは、NMR などの機器分析で確かめます。透明さや強さ、熱への強さといった物性も測ります。
フラスコでうまくいっても、まだゴールではありません。工場の大きな装置で、毎回同じ品質の材料をつくれるようにする必要があります。これをスケールアップといいます。研究員は、化学工学の技術者や工場の担当と一緒に、温度や混ぜ方などの条件を決めていきます。
合成・分析・物性の測定を一つの流れでつなげるのが、化学の強みです。
図解透明なフィルムを開発する(例)
- 1候補になる分子の骨組みを考える
- 2フラスコで合成し、構造を確かめる
- 3透明さや、曲げたときの強さを測る
- 4結果をもとに分子の設計を直す

04
素材メーカーの研究員の 1 日(例)
ここでは、化学メーカーの研究所で、スマートフォンの画面に使うフィルムの材料を開発する研究員の 1 日の例を紹介します。研究所は、工場の近くに置かれていることもあります。
実験では白衣と保護めがねを身につけ、においや気体が出る作業は、空気を吸い出す実験台(ドラフト)の中で行います。合成した材料は、すぐに分析と物性の測定に回し、結果を次の合成に生かします。
お客さんの会社の技術者と打ち合わせをすることもあります。試作品を使ってもらった感想から、新しい課題が見つかります。自分が考えた分子が、いつか製品の中で働く姿を思い描けるのが、この仕事の楽しさです。
合成して測るくり返しの先に、製品の中で働く材料があります。
図解素材メーカーの研究員の 1 日(例)
- 8:30朝会安全の確認と、今日の実験の予定
- 9:00合成フラスコで新しい樹脂をつくる
- 11:00構造の分析NMR で狙いどおりの分子か確かめる
- 12:00昼休み
- 13:00物性の測定フィルムにして透明さや強さを測る
- 15:30打ち合わせお客さんの技術者に試作品の感想を聞く
- 17:00記録実験ノートに条件と結果を書く


05
向いている人と入り方・その先
化学の研究開発では、大学院の修士課程を終えてから就職する人が多くいます。2025 年 3 月に化学の開発技術者として働き始めた人は、学部の卒業生が 1,028 人、修士課程の修了者が 3,340 人でした(学校基本調査)。修士課程の修了者が 3 倍以上です。
工学部などの応用化学科では、2025 年 3 月の卒業生 6,659 人のうち、約 6 割の 3,948 人が大学院などに進みました。化学科や応用化学科のほか、材料工学科や化学工学科などからも、この道に進めます。
資格では、引火しやすい液体などを扱うための危険物取扱者が役立ちます。大学で化学の授業を 15 単位以上修めると、在学中でも最上位の甲種を受けられます。経験を積むと、研究のリーダーや工場の製造技術、特許の担当、国家資格の技術士(化学部門)として技術の相談にのる道もあります。
うまくいかない実験からも次の手を考えられる人、目に見えない分子から製品の姿を想像するのが好きな人に向いています。
大学院の研究室で、合成して測るくり返しを経験しておくことが近道です。
図解素材の研究開発への道(例)
- 1学部有機化学・高分子化学・学生実験
- 2修士課程多くは 2 年。研究室で合成と測定
- 3研究員研究所で新しい材料を開発する
- 4その先リーダー・製造技術・特許など
高校生のうちに試せること
身の回りの物の素材を調べる
服のタグには「ポリエステル」「アクリル」など、繊維の名前が書かれています。食品の容器やペットボトルにも、プラスチックの種類の表示があります。家にある物を 10 個選んで素材を調べ、なぜその材料が選ばれたのかを考えてみましょう。
化学の産業をグラフで見る
日本化学工業協会の『グラフでみる日本の化学工業』では、化学工業の出荷額や研究費、都道府県ごとの出荷額をグラフで見られます。自分の住む都道府県が何位かを探してみましょう。
グラフでみる日本の化学工業 2025(日本化学工業協会)危険物取扱者の試験に挑戦する
乙種と丙種には受験資格がなく、高校生でも受けられます。ガソリンや灯油などを扱う乙種第 4 類は、物質の燃えやすさや火災の防ぎ方を学ぶよい機会です。試験は都道府県ごとに行われます。
危険物取扱者試験(消防試験研究センター)
「素材・化学メーカーの研究開発」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 203 件から探せます。

先進無機材料化学領域
大阪大学(大阪府)
工学研究科応用化学専攻・先進無機材料化学・菅 大介 教授
機能材料化学研究室
九州大学(福岡県)
応用化学・田中 敬二 教授

バイオプロセス工学
岡山大学(岡山県)
工学部 化学・生命系 応用化学コース・生物化学工学・今村 維克 教授

國武研究室
熊本大学(熊本県)
工学部 材料・応用化学科・高分子材料・國武 雅司 特任教授
高分子の合成から構造の観察、機能の活用までを研究する。
機能有機材料化学研究室
九州大学(福岡県)
先端素子材料・藤田 克彦 准教授
機能性高分子化学
筑波大学(茨城県)
高分子化学
分子の複合化でカーボンナノチューブの高度化と新しい物性を探る。
部活・サークルはまだ掲載していません
学生団体・機関はまだ掲載していません
よくある質問
化学科と応用化学科、素材メーカーに向いているのはどちらですか?
どちらからも目指せます。応用化学科では材料や製造の工程に近い内容を、化学科では反応や物質の性質の土台を深く学ぶことが多くあります。会社の研究所では、化学・応用化学・材料・化学工学など、さまざまな学科の出身者が一緒に働いています。
素材メーカーの名前は、あまり聞いたことがありません。
素材メーカーの多くは、ほかの会社に材料を売るため、お店で名前を見る機会が少なくなります。身の回りの製品の部品や材料を調べると、その中身をつくっている会社が見えてきます。研究室の先輩の就職先も参考になります。
実験で危険な薬品を扱うのが心配です。
研究所では、保護めがねや手袋、空気を吸い出す実験台などを使い、決められた安全の手順で実験します。大学でも、1 年生の学生実験から、薬品の性質を予習してから手を動かすことを練習します。