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図 1 化学の広がり化学の広がり 1

物理化学

カイロはなぜ温かくなり、電池はなぜ電気を出すのか。化学反応の向き・速さ・エネルギーを、物理学と数学の道具で説明する分野です。化学熱力学・量子化学・反応速度論・分光学を学びます。

温度計を当てた使い捨てカイロ、分解した円筒形の電池、光を虹色に分けるプリズムが並ぶ実験室で、レーザーの光の道すじを調整する学生たち

ひとことで言うと

ボールは坂を下る。でも途中の山は越えにくい

ボールは高い所から低い所へ転がりますが、途中に小さな山があると止まってしまいます。化学反応も、エネルギーの低い方へ進もうとしながら、途中の山を越える必要があります。どちらへ進むか、山をどう越えるかを、数式で考えるのが物理化学です。

01

化学熱力学: 反応の向きと熱を読み解く

冬に使う使い捨てカイロは、袋を開けると温かくなります。中の鉄粉が空気中の酸素と反応し、酸化鉄(さび)になるときに熱を出すからです。東京都の資料によると、水と塩類は鉄がさびる速さを上げ、活性炭は空気中の酸素を集めます。

鉄くぎがゆっくりさびても、手に熱は感じません。カイロは細かい鉄粉に水・塩類・活性炭を組み合わせ、同じ反応を速く進めて、熱を感じられるようにしています。外袋は空気を遮り、使う前に反応が進まないようにしています。

化学熱力学では、反応で出入りする熱と、物質の散らばりやすさ(エントロピー)を組み合わせて、反応がどちらへ進むかを計算します。高校で学ぶ反応熱の続きにあたり、化学平衡や電池の電圧も同じ考え方で説明できます。

熱の出入りと物質の散らばりやすさから、反応の向きが分かります。

図解カイロが温かくなるまで

  1. 1外袋を開ける内袋の小さな穴から空気が入る
  2. 2鉄粉がさびる鉄が酸素と反応して酸化鉄になる
  3. 3反応が速まる水と塩類が速め、活性炭が酸素を集める
  4. 4熱が出る反応で出たエネルギーで温まる

02

電気化学: リチウムイオン電池を生んだ 3 人

電池は、化学反応で動く電子を、導線を通して外へ取り出す装置です。スマートフォンや電気自動車に使われるリチウムイオン電池は、軽くて何百回も充電できます。2019 年のノーベル化学賞は、この電池を開発した 3 人に贈られました。

1970 年代、イギリス生まれのウィッティンガムは、二硫化チタンと金属リチウムで 2 V あまりの電池を作りました。ただ、金属リチウムは反応しやすく、実用にするには危険でした。1980 年、グッドイナフは、リチウムイオンを含むコバルト酸化物を使えば 4 V もの電圧が出ることを示しました。

1985 年、旭化成の研究者だった吉野彰さんは、負極に金属リチウムではなく炭素材料を使い、初めて実用になる電池を作りました。充電と放電でリチウムイオンが正極と負極を行き来するだけなので、電極がこわれにくいのが特長です。

電池の電圧も、化学反応のエネルギーから計算できます。

図解リチウム 1 g で、どれだけの電気を運べる?

入力リチウム 1 g(原子 1 個が電子を 1 個出す)
  1. 1リチウム 1 mol は 6.94 g
  2. 2電子 1 mol の電気の量は約 96,500 C(クーロン)
  3. 396,500 ÷ 6.94 ≒ 13,900 C。1 Ah は 3,600 C なので約 3.9 Ah
結果1 g で約 3,900 mAh。最も軽い金属のリチウムは、軽い電池に向いている
緑色のフィルムで包まれた電極の巻き物と、空の金属の缶、ふたの部品。そばに小さな硬貨
ふたをする前の円筒形のリチウムイオン電池。薄い正極と負極のシートを巻いて、金属の缶に入れます。写真: RudolfSimon(CC BY-SA 3.0・Wikimedia Commons)

03

量子化学: 電子の雲から反応を予言する

原子や分子の中の電子は、決まった場所にある粒ではなく、雲のように広がった「軌道」にいると考えます。量子化学は、量子力学を使って電子の軌道とエネルギーを計算し、分子の形や反応のしやすさを説明する分野です。

京都大学の福井謙一さんは 1950 年代、反応のしやすさを決める 2 つの軌道に注目しました。分子の中でいちばん外側にいる電子の軌道と、電子が最も入りやすい空の軌道です。この 2 つをフロンティア軌道と名づけましたが、発表した当初はほとんど注目されませんでした。

1960 年代の半ば、福井さんとアメリカのホフマンは、それぞれ別に大切なことに気づきます。軌道の対称性を考えると、説明の難しかった反応の進み方が説明できるのです。2 人は 1981 年のノーベル化学賞を受けています。日本人で初めてのノーベル化学賞です。

ノーベル財団の発表は、よい理論は実験する人の道しるべになり、時間を節約させると述べています。2 人の考え方は、新しい薬を作る化学者にも使われています。

電子の軌道が分かると、反応が起きやすい場所を予想できます。

図解実験と計算で、分子を調べる

実験

  • 物質を作り、測って確かめる
  • 思いがけない発見がある

計算

  • 電子の軌道とエネルギーを求める
  • 実験の前に候補を絞り込む

両方を使う

  • 計算で予想し、実験で確かめる
  • いまの研究の基本の進め方

04

分光学と反応速度: 光で分子を見て、速さを測る

太陽の光をプリズムに通すと虹色に分かれますが、ところどころに暗い筋が入ります。光が物質を通るとき、物質ごとに決まった波長の光だけが吸収されるためです。光の吸収や放出から物質を調べる方法を分光学と呼びます。

2009 年 1 月に打ち上げられた温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」は、この原理を使っています。地表で反射した太陽の赤外線を細かく分け、どの波長がどれだけ吸収されたかから、二酸化炭素やメタンの濃さを宇宙から求めます。

反応の速さを調べるのが反応速度論です。さびる鉄くぎと爆発のように、反応の速さは大きく違います。1999 年のノーベル化学賞を受けたズウェイルは、フェムト秒(1,000 兆分の 1 秒)だけ光るレーザーを使いました。結合が切れて、新しくつながる一瞬をとらえたのです。

光と時間を細かく測ると、分子の動きが見えてきます。

クイズ物理化学クイズ

本文を思い出しながら答えてください。

  1. Q1使い捨てカイロが温かくなるとき、鉄粉と反応している物質は?

  2. Q2吉野彰さんの電池で、負極に金属リチウムの代わりに使われたものは?

  3. Q31 フェムト秒と 1 秒の比は、1 秒とどのくらいの時間の比と同じ?

0 / 3 問に回答
暗い実験室の台の上に鏡や金属の部品が並び、黄色く光るレーザーの光が部品の間を通っている
40 フェムト秒だけ続くレーザーの光が、鏡の間を進む様子(アメリカのオークリッジ国立研究所)。こうした短い光で、物質の中の速い動きを調べます。写真: Oak Ridge National Laboratory(CC BY 2.0・Wikimedia Commons)

05

大学での学び方と、物理化学が生きる仕事

多くの大学では、1 年の基礎物理化学から始め、2 年で量子化学と化学熱力学、3 年で反応速度論などを学びます。微分積分や線形代数を使うので、数学の授業と並行して少しずつ慣れていきます。科目の名前や順番は大学によって異なります。

学生実験では、反応で出る熱を測ったり、液の色の変化を分光光度計で追って反応の速さを求めたりします。測った数字をグラフにし、式に当てはめて意味を考えるのが、この分野の基本の作業です。

物理化学の力は、電池や燃料電池、太陽電池、半導体の材料の開発で生きます。分子の性質をコンピュータで計算する計算化学の技術者や、分析装置のメーカーで装置を開発する人もいます。

図解物理化学で反応を読み解く

  1. 1測る熱・光・電圧・時間を数字にする
  2. 2式にする熱力学や反応速度の式に当てはめる
  3. 3予想する条件を変えたらどうなるか計算する
  4. 4確かめるもう一度実験して予想と比べる

高校生のうちに試せること

  • カイロの温度と空気の関係を確かめる

    使い捨てカイロを袋から出し、10 分ごとに温度計で温度を記録しましょう。途中でチャックつきの袋に入れて空気を抜くと、温度はどう変わるでしょうか。肌に長く当てると低温やけどになるので、手で持ち続けないでください。

  • 電池の表示から、ためられるエネルギーを計算する

    モバイルバッテリーなどの表示で、電圧(V)と容量(mAh)を確かめましょう。電圧 × 容量 ÷ 1,000 で、ためられるエネルギー(Wh)の目安が出ます。電池は分解したり、傷つけたりしないでください。

  • CD で簡単な分光器を作る

    紙の箱に細いすき間を開け、CD の記録面に光を当てて見ると、光が虹色に分かれます。蛍光灯と LED の光を見比べ、色の並び方の違いを観察しましょう。目を傷めるので、太陽は絶対に直接見ないでください。

  • 化学グランプリの過去問題に挑戦する

    日本化学会などが開く、高校生以下が参加できる化学のコンテストです。サイトでは過去の問題が公開されています。物質量や反応熱の計算の問題から挑戦しましょう。

    化学グランプリ

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よくある質問

物理化学は、物理と化学のどちらに近いですか?

化学の一分野で、物理学の考え方と数学を使って化学の現象を説明します。量子力学や統計力学など、物理学科の授業と重なる内容もあります。高校で物理を選んでいなくても、大学の授業で基礎から学べます。

数学が苦手でも大丈夫ですか?

微分積分や線形代数を使いますが、使う道具はある程度決まっています。多くの大学では 1 年で数学の基礎を学び、物理化学の授業でも例題で計算の手順を確かめながら進みます。式の意味をグラフで考える習慣をつけると、理解しやすくなります。