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医学・薬学

薬の成分表示に並ぶ「塩酸塩」「ナトリウム」、1 錠に入っている分子の数、飲み薬になりやすい分子の目安。医学部や薬学部の授業では、高校の化学で学ぶ酸と塩基・物質量・有機化合物が、薬を理解し、つくるための言葉になります。

大学の薬学の実験室で、2 層に分かれた液の入ったガラスの器具を見つめる学生、白い錠剤を天びんにのせて量る学生、玉と棒の分子模型を組み合わせてみせる学生たち

ひとことで言うと

鍵穴に合う鍵を、届く形で渡す

薬は、体の中のねらった場所に合う鍵のような分子です。ただ、形が合うだけでは足りません。飲んでから届くまでに、水に溶け、細胞の膜を通り抜けられる形にする工夫も、化学の仕事です。

01

芳香族化合物の分離 → 医薬品化学: 薬の名前に「塩酸塩」が多いわけ

化学の芳香族化合物の単元では、アニリン・フェノール・安息香酸などが混ざった液を、分液ろうとで分ける方法を学びます。アニリンは水に溶けにくい塩基です。ところが塩酸を加えると、塩になって水の層に移ります。

薬にも、同じしくみが使われています。アミノ基のような塩基性の部分をもつ薬は、塩酸と反応させた「塩酸塩」にすると、水に溶けやすくなります。カルボキシ基のような酸性の部分をもつ薬は、ナトリウムの塩にします。市販薬の成分表示に見られる「ジフェンヒドラミン塩酸塩」や「ロキソプロフェンナトリウム水和物」が、その例です。

2018 年の総説論文によると、アメリカ食品医薬品局(FDA)が承認した薬の成分の約半分は、塩の形です。水に溶けにくい薬を溶けやすくすることが、塩にする大きな理由の 1 つです。薬の成分の多くは弱い酸か弱い塩基なので、高校で学ぶ酸と塩基の考え方がそのまま使えます。

全国の薬学部で共通して学ぶ内容は、薬学教育モデル・コア・カリキュラムにまとめられています。その「医薬品に含まれる官能基の特性」の項目には、酸性・塩基性と、親水性・疎水性が並んでいます。高校の官能基の知識が、薬学部の授業の入口になります。

酸性・塩基性の官能基を塩に変えると、薬を水に溶けやすくできます。

図解酸性・塩基性の薬を、水に溶けやすくする工夫

塩基性の部分がある薬

  • アミノ基などをもつ
  • 塩酸と反応させて塩酸塩にする
  • 例: ジフェンヒドラミン塩酸塩

酸性の部分がある薬

  • カルボキシ基などをもつ
  • ナトリウムの塩にする
  • 例: ロキソプロフェンナトリウム水和物
スタンドに固定したガラスの分液ろうとの中で、上の黄色い液と下の黒っぽい液が 2 層に分かれている
分液ろうとで、混ざり合わない 2 つの液を分けているところ。酸や塩基を加えて塩にすると、物質を水の層へ移すことができます。写真: Максим Фомич(CC BY 2.0・Wikimedia Commons)

02

物質量 → 薬の量の計算: 1 錠に、分子は何個?

薬の量は、ふつう mg(ミリグラム)で表します。例えば、熱や痛みをやわらげる成分アセトアミノフェンを、1 錠に 200 mg 含む錠剤があります。化学基礎の物質量を使うと、この 1 錠に入っている分子の数を計算できます。

アセトアミノフェンの分子式は C₈H₉NO₂ で、分子量は約 151 です。200 mg は 0.200 g なので、0.200 ÷ 151 で約 1.32×10⁻³ mol です。アボガドロ定数をかけると、約 8×10²⁰ 個になります。小さな 1 錠に、8 垓(がい)個もの分子が入っているのです。

大学の薬学では、薬の量を mol で考える場面が増えます。薬がねらったタンパク質にどれだけ結びつくかは、重さではなく、分子の数の割合で決まるからです。研究では、薬の濃さを、1 L あたり 10 億分の 1 mol(nmol/L)の単位で比べることもあります。

コア・カリキュラムには、溶液の化学平衡と、滴定などで量を測る容量分析法も並んでいます。高校の物質量と中和の計算は、薬の量を正確に扱う力の土台です。

mg を mol に直すと、薬を分子の数で考えられます。

図解アセトアミノフェン 200 mg の分子を数える

入力1 錠に 200 mg。分子式 C₈H₉NO₂(原子量は C 12、H 1.0、N 14、O 16)
  1. 1分子量: 12 × 8 + 1.0 × 9 + 14 + 16 × 2 = 151
  2. 2物質量: 0.200 g ÷ 151 g/mol ≒ 1.32×10⁻³ mol
  3. 3分子の数: 1.32×10⁻³ × 6.02×10²³ ≒ 7.9×10²⁰
結果約 8×10²⁰ 個(8 垓個)の分子が、1 錠に入っている

03

官能基と分子量 → 創薬: 飲み薬になりやすい分子の「5 の法則」

飲み薬は、胃や腸で水に溶け、腸の細胞の膜を通り抜けて、血液に入ります。細胞の膜は油に近い性質をもつので、水になじみすぎても、油になじみすぎても、うまく届きません。高校で学ぶ親水性と疎水性の考え方が、ここで生きてきます。

1997 年、アメリカの製薬会社ファイザーのリピンスキーたちは、飲み薬になりやすい分子の目安をまとめました。分子量 500 以下、OH と NH の数 5 以下、N と O の数 10 以下、logP 5 以下の 4 つです。logP は、油への溶けやすさを表す数です。どの数も 5 の倍数なので「5 の法則」と呼ばれます。範囲から外れる項目が多い分子ほど、体に吸収されにくい傾向があります。

logP の計算には、日本の森口郁生さんたちが 1992 年に発表した方法(MLogP)も使われました。アセトアミノフェンで確かめると、分子量 151、OH と NH は 2 個、N と O は 3 個で、すべて目安の中に入ります。分子量の計算も、官能基を数えることも、高校の化学でできる作業です。

ただし、これはあくまで目安です。目安から外れても薬として使われる分子もあり、大学の創薬化学や薬剤学では、計算と実験の結果を組み合わせて、体に届く分子を設計します。

分子量と官能基を数えると、飲み薬になりやすいかの見当がつきます。

図解5 の法則で、アセトアミノフェンを確かめる

5 の法則の目安

  • 分子量 500 以下
  • OH と NH の数 5 以下
  • N と O の数 10 以下
  • logP 5 以下

アセトアミノフェン

  • 分子量 151
  • OH と NH は 2 個
  • N と O は 3 個
  • logP 約 0.5(PubChem の計算値)

04

医学・薬学に進むなら: 高校で選んでおきたい科目と入試

医学部では、生化学や薬理学で、体の中の反応と薬のはたらきを学びます。薬学部では、有機化学・物理化学・分析化学で薬そのものを学び、薬剤学で薬を体に届ける形を学びます。どちらも、高校の化学に加えて、生物の細胞や体のしくみの知識を使います。

入試の科目は大学によって違います。京都大学の薬学部は、4 年制の薬科学科と、薬剤師国家試験の受験資格が得られる 6 年制の薬学科を一括で募集します。2027 年度(令和 9 年度)の個別試験では、理科を物理・化学・生物から 2 科目選びます。医学部医学科も、同じ 3 科目から 2 科目です。

一方、星薬科大学の 2027 年度の一般選抜 B 方式では、個別試験の理科は化学(化学基礎・化学)の 1 科目です。化学を重視する入試もあるので、志望校の募集要項で確かめてください。どの入試で入っても、入学後は化学をくり返し使います。

医学・薬学の面白さは、分子の小さな違いが、薬の溶け方や体への届き方を大きく変えることです。このサイトの大学の学問「医学」のページでは、体と病気、薬のしくみを紹介しています。医学の「化学」のページでは、血液の pH が保たれるしくみも読めます。

化学と生物を学んでおくと、医学部・薬学部の授業に入りやすくなります。

クイズ化学と薬のクイズ

答えを選ぶと、正解と解説が表示されます。

  1. Q1薬の成分表示の「〜塩酸塩」。塩酸塩にする大きな理由の 1 つは?

  2. Q2アセトアミノフェン 200 mg(分子量 151)には、分子がおよそ何個入っている?

  3. Q3「5 の法則」で、飲み薬になりやすい分子の分子量の目安は?

0 / 3 問に回答

高校生のうちに試せること

  • 薬の箱の成分表示で「塩」を探す

    家にある薬の箱や説明書の成分表示を読み、「塩酸塩」「ナトリウム」と付く成分を探しましょう。成分の構造式を調べ、アミノ基とカルボキシ基のどちらがあるかを確かめると、塩にした理由が見えてきます。薬は表示を読むだけにして、飲んだり開けたりしないでください。

  • 1 錠の中の分子の数を計算する

    成分表示の「1 錠中 ○ mg」と、成分の分子式から、1 錠に入っている分子の数を計算しましょう。分子量は、教科書の原子量を使って自分で求めます。成分ごとに、何 mol になるかを比べてみてください。

  • カフェインで「5 の法則」を確かめる

    PubChem は、アメリカ国立医学図書館が運営する物質のデータベースです。カフェイン(Caffeine)のページで分子式と構造式を見て、分子量・OH と NH の数・N と O の数を確かめましょう。分子量は約 194、OH と NH は 0 個、N と O は 6 個で、目安の中に入ります。

    PubChem「Caffeine」

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よくある質問

塩酸塩にすると、薬の分子そのものが変わるのですか?

体の中ではたらく分子の骨組みは変わりません。塩にするのは、主に水への溶けやすさや、保存のしやすさを整えるためです。どの塩にするかは、薬ごとに試験で確かめて決めます。

薬学部でも、数学や物理は使いますか?

使います。薬が体から減っていく速さの計算には指数関数と対数を、実験の結果を比べるときには統計を使います。物理化学では、熱や光の考え方も学びます。

高校で生物を選ばないと、医学部・薬学部で困りますか?

入試で生物を課すかどうかは、大学によって異なります。入学後は、細胞や体のしくみをくり返し学ぶので、入試で使わない場合も、生物基礎と生物の教科書を読んでおくと授業に入りやすくなります。