図 4 この科目が生きる大学の学問この科目が生きる大学の学問 1
化学
食塩の結晶の中の原子の並び、原料のむだを数える原子効率、18 歳の学生が偶然つくった紫の染料。化学科では、高校の化学で学ぶ結晶格子・化学反応式・芳香族化合物を出発点に、物質を測り、つくり、設計する力を身につけます。

ひとことで言うと
並びを測り、むだなく組み立てる
家を建てるときは、柱の並び方を確かめ、材料をむだなく使う計画を立てます。化学も同じで、原子の並び方を測り、反応式から原料のむだを数え、新しい物質を組み立てます。その計算の土台が、高校の化学です。

01
結晶格子 → 結晶学: 食塩の中に「NaCl 分子」はなかった
化学の「固体の構造」では、結晶の中で粒子が規則正しく並ぶ様子を、単位格子という小さな箱で表します。学習指導要領の解説は、塩化ナトリウムのイオン結晶を例に挙げています。単位格子の 1 辺の長さが分かれば、結晶の密度を計算できます。
では、目に見えないほど小さい 1 辺の長さは、どうやって測ったのでしょうか。答えは X 線です。イギリスのローレンス・ブラッグは、22 歳だった 1912 年 11 月に、ある理論を発表しました。結晶に当てた X 線の反射から、原子が並ぶ間隔を求める理論です。父が設計した X 線分光器も使い、父子で結晶の中を調べていきます。
調べてみると、食塩の結晶の中に、NaCl という分子はありませんでした。ナトリウムイオンと塩化物イオンが、交互に並んでいるだけだったのです。高校で学ぶイオン結晶の姿は、X 線で確かめられたものです。ローレンスは 1915 年、25 歳でノーベル物理学賞を受けました。
大学の化学科では、この方法を発展させた X 線結晶構造解析を学びます。新しく合成した物質の結晶に X 線を当て、原子 1 つひとつの位置を決める方法です。下の密度の計算は、その最初の一歩にあたります。
単位格子の計算は、X 線で原子の並びを確かめる結晶学の入口です。
図解食塩の単位格子から密度を計算する
- 1体積: (5.64×10⁻⁸ cm)³ ≒ 1.79×10⁻²² cm³
- 2質量: 58.5 × 4 ÷ (6.02×10²³) ≒ 3.89×10⁻²² g
- 3密度: 3.89×10⁻²² ÷ 1.79×10⁻²² ≒ 2.17 g/cm³


02
化学反応式と mol → グリーンケミストリー: 原子のむだを数える
化学基礎では、化学反応式の係数から、原料とできる物の質量を計算します。大学では同じ計算で、その反応にむだが少ないかを評価します。目的の物の質量が、原料全体の質量の何%になるかを表す原子効率(アトムエコノミー)です。1991 年に、アメリカの化学者トロストが示した考え方です。
エタノールの 2 つのつくり方で比べます。エチレンに水を付加させる反応では、原料の原子がすべてエタノールに入り、原子効率は 100% です。ブドウ糖の発酵では、二酸化炭素も一緒にできるので、約 51% になります。ただし発酵は植物を原料にできるので、どの方法がよいかは、原料やエネルギーも合わせて考えます。
工場では、この差が大きな意味を持ちます。痛み止めの成分イブプロフェンは、かつて 6 段階の反応でつくられ、原子効率は 40% 未満でした。アメリカの BHC 社は、触媒を使う 3 段階の方法で約 80% に高めました。副産物の酢酸も回収して使うと、ほぼ 99% です。1992 年から工場で使われ、1997 年にアメリカ環境保護庁(EPA)のグリーンケミストリーの賞を受けています。
学習指導要領の解説も、化学が築く未来の例に、環境に負荷をかけないグリーンサスティナブルケミストリーを挙げています。大学の有機化学や化学工学では、できた量だけでなく、出るむだの量や安全性まで、数字で比べる方法を学びます。
反応式と mol の計算で、反応のむだを数字で比べられます。
図解エタノールをつくる 2 つの反応の原子効率
付加(エチレン + 水)
- C₂H₄ + H₂O → C₂H₅OH
- 原料 28 + 18 = 46、目的の物 46
- 原子効率 100%
発酵(ブドウ糖)
- C₆H₁₂O₆ → 2C₂H₅OH + 2CO₂
- 原料 180、目的の物 46 × 2 = 92
- 原子効率 約 51%

03
芳香族化合物 → 有機合成: 18 歳の春休みに生まれた紫の染料
化学の芳香族化合物の単元では、ベンゼン環にアミノ基が付いたアニリンを学びます。さらし粉の水溶液で赤紫色になる反応や、アゾ染料をつくる反応も出てきます。学習指導要領の解説は、アゾ化合物などの染料としての利用を、化学が果たす役割の例に挙げています。
1856 年の春休み、ロンドンの王立化学大学で学ぶ 18 歳のパーキンは、マラリアの薬キニーネをつくろうとしていました。先生のホフマンが、合成できればと話していた薬です。石炭のタールからとれる物質を使った実験はうまくいきませんでしたが、その途中で紫の色素ができました。モーブと呼ばれる色素です。
パーキンは翌 1857 年、先生の反対を押し切り、父の資金でロンドン近くに工場を開きました。モーブは、商品として売り出された最初の合成染料です。ここから合成染料の化学工業が始まり、やがて薬の産業も育っていきました。
大学の有機化学では、こうした反応を電子の動きから理解し、狙った分子を組み立てる有機合成を学びます。色素の研究は今も続いていて、衣類の染色だけでなく、ディスプレーや太陽電池の材料にもつながっています。思いどおりにいかない実験から、新しい物質が見つかることもあるのが、合成の面白さです。
芳香族化合物の反応は、色や薬をつくる有機合成の入口です。
図解モーブが生まれるまで
- 11856 年春18 歳のパーキンがキニーネの合成に挑む
- 2思わぬ発見石炭のタールの物質から紫の色素ができる
- 31857 年ロンドン近くに染料の工場を開く
- 4その後合成染料の工業が育ち、薬の産業へ


04
化学に進むなら: 高校で選んでおきたい科目と入試
化学科では、高校の化学基礎と化学のすべてが土台になります。物理も大切です。このページの X 線のように、物質を調べる装置の多くは、光や電気の性質を使っています。反応の速さやエネルギーの計算には、数学 III の微分・積分と対数を使います。
入試の科目は大学によって違います。例えば京都大学の工学部には、化学系の理工化学科があります。2027 年度(令和 9 年度)の入試では、工学部は共通テストで『物理』を必ず選び、個別試験では物理と化学の両方が課されます。理学部のように、理科を 4 科目から 2 つ選ぶ入試もあります。志望校の募集要項で確かめてください。
化学の面白さは、目に見えない原子の並びや反応のむだを、計算と測定で確かめられることです。物理化学・有機化学・無機化学・分析化学など、大学の化学の分野は、このサイトの大学の学問「化学」のページで紹介しています。
化学・物理・数学 III の 3 つが、大学の化学の入口になります。
高校生のうちに試せること
発泡スチロールの球で、食塩の単位格子を組む
大きさの違う発泡スチロールの球を 2 色そろえ、つまようじでつないで、食塩の単位格子(3 × 3 × 3 の 27 個)を組み立てましょう。角・辺・面・中心の球が、それぞれ何個分ずつ箱の中に入るかを数えると、Na⁺ と Cl⁻ が 4 個ずつになることを確かめられます。
教科書の反応式で、原子効率を計算する
教科書に出てくる反応を 3 つ選び、原子効率を計算しましょう。例えば、酢酸とエタノールから酢酸エチルをつくるエステル化では、水も一緒にできるので約 83% です。付加・置換・縮合など、反応の種類で値がどう違うかを比べてみてください。
タマネギの皮で、布を染める
タマネギの茶色い外皮を水で煮出し、白い木綿のハンカチを染めてみましょう。ミョウバンを溶かした水につけてから染めると、色が濃く、落ちにくくなります。天然の色素と合成染料の違いを調べるきっかけになります。火を使うので、家の人と一緒に行ってください。
「化学」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 77 件から探せます。

有機合成化学研究室
北海道大学(北海道)
応用化学

創薬基盤分子設計学分野
熊本大学(熊本県)
薬学部・大学院薬学教育部・有機合成化学・安藤 眞 准教授
医薬品に含まれるキラルな骨格を効率よく合成する方法や、不斉補助剤を開発する。
有機合成化学
広島大学(広島県)
先進理工系科学研究科 化学プログラム・化学・吉田 拡人 教授
有機合成化学、有機金属化学、新反応開発などを研究している。

薬品合成化学分野
京都大学(京都府)
薬学研究科薬科学専攻・薬品創製化学・高須 清誠 教授
有機合成化学教室
東京大学(東京都)
薬学系研究科・有機薬科学・金井 求 教授
環境調和有機合成研究室
千葉大学(千葉県)
工学部 総合工学科 共生応用化学コース・有機合成化学・赤染 元浩 教授
学生団体・機関はまだ掲載していません
よくある質問
結晶の構造は、大学のどの授業で学びますか?
多くの大学では、無機化学や物理化学の授業で結晶の構造を学び、X 線を使う機器分析の実験で実際に測ります。科目の名前や学ぶ時期は、大学によって異なります。
グリーンケミストリーは、どの授業で学びますか?
有機化学・化学工学・環境化学などの授業で、反応のむだや安全性を比べる考え方として学びます。原子効率の計算は、高校の化学反応式と mol の計算ができれば始められます。扱い方は大学によって異なります。
染料や色素の研究は、どの学部でできますか?
理学部や工学部の化学系の学科のほか、繊維や材料を扱う学科でも研究されています。色素は、衣類を染めるだけでなく、ディスプレーや太陽電池、細胞を光らせて観察する研究にも使われています。
出典
- 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説 理科編 理数編」
- Comptes Rendus Chimie「William Lawrence Bragg: Forerunner to modern crystallography」(2016 年)
- アメリカ環境保護庁(EPA)「Presidential Green Chemistry Challenge: 1997 Greener Synthetic Pathways Award」
- Science History Institute「William Henry Perkin」
- 京都大学「令和 9 年度 京都大学 入学者選抜要項」(2026 年 7 月)
