図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 3
社会の健康を守る
保健所や厚生労働省、空港の検疫所、会社で、感染症の広がりを防ぎ、病気になる人そのものを減らす仕事です。一人の患者ではなく、町や国に住む人全体の健康を診ます。

ひとことで言うと
保健室の先生と、学校全体のルール
保健室の先生は、体調の悪い生徒を一人ずつ手当てします。一方で、水分補給のルールや体育の時間の決め方を変えれば、倒れる生徒そのものを減らせます。社会の健康を守る医師は、この「学校全体」を、町や国の大きさで考える仕事です。

01
どんな仕事?: 保健所・国・会社で働く医師
社会の健康を守る医師は、病院の外で働いています。たとえば、都道府県や市の保健所などで働く公衆衛生医師や、厚生労働省で国の制度をつくる医系技官です。空港や港の検疫所で働く医師や、会社で働く人の健康を守る産業医もいます。
保健所は、感染症の対策や食品の衛生、心の健康の相談、病気の予防と健康づくりを受け持つ地域の拠点です。医師は、保健師や薬剤師、獣医師などの仲間から集まる情報をもとに、医学の目で判断し、対策の方針を決めます。
会社では、常時 50 人以上が働く職場に産業医を置くことが、労働安全衛生法などで決まっています。産業医は、健康診断の結果を確かめたり、長く働いている人と面接したりして、働く人の病気を防ぎます。
こうした仕事を主にする医師は多くありません。2024 年末、行政機関で働く医師は 1,829 人、主に産業医として働く医師は 1,698 人でした。どちらも医師全体の 1% に届きません。
一人ひとりではなく、集団の健康を見るのがこの仕事の特徴です。
図解社会の健康を守る 3 つの職場
保健所など(自治体)
- 感染症や食中毒を調べて防ぐ
- 心の健康や病気の予防の相談
- 地域の医療の計画をつくる
厚生労働省・検疫所(国)
- 医療や感染症対策の制度をつくる
- 空港や港で感染症の侵入を防ぐ
- WHO など海外でも働く
会社(産業医)
- 健康診断の結果を確かめる
- 長く働く人と面接する
- 職場を見てまわり環境を整える


02
感染症から社会を守る: 届出から始まる調査
感染症の対策は、診療所や病院の医師からの届出で始まります。感染症法は、腸管出血性大腸菌感染症(O157 など)や結核などを診断した医師に、直ちに保健所へ届け出るよう定めています。
届出を受けた保健所は、患者や家族に話を聞き、いつ、どこで、何から感染したのかを調べます。同じ食べ物を食べた人や、同じ場所にいた人に症状が出ていないかも確かめます。原因が分かれば、広がりを止める手を打てます。
国の入り口を守る医師もいます。全国の主要な空港や港にある検疫所では、医師が検疫官として、日本にない感染症の病原体が入るのを防いでいます。体調に不安のある人の症状や滞在した国を聞き取り、必要なら検査をします。
医師の届出と保健所の調査が、感染症の広がりを止めます。
図解感染症の届出を受けたら(例)
- 1患者と家族に、発症前の食事や行動を聞く
- 2同じ症状の人がほかにいないか、医療機関などに確かめる
- 3共通する食べ物や店があれば、検査で確かめる
- 4うつった可能性のある家族などに検査を呼びかける


03
歴史の名場面: 「衛生」と結核との闘い
「衛生」という言葉は、明治時代の医師、長與專齋が考えたとされています。長與は 1875 年、国の衛生局の初代局長になりました。19 年の在任中に、伝染病を防ぐしくみや検疫の制度を取り入れ、日本の衛生行政の土台を築きました。この衛生局が、のちの厚生省につながります。
その後、長く日本人を苦しめたのが結核です。1950 年、結核は日本人の死因の第 1 位で、この年に 12 万 1,769 人が亡くなりました。いまも保健所は、結核の患者を登録して治療が終わるまで見守り、保健師が家を訪ねて、薬を確実に飲めるよう支えています。
2025 年に新たに結核の患者として登録された人は 9,899 人、亡くなった人は 1,474 人(概数)です。人口 10 万人あたりの新しい患者の数(罹患率)は 8.0 です。2021 年からは、結核の少ない国の目安とされる 10 以下が続いています。それでも年に約 1 万人がかかる病気で、保健所の仕事は続いています。
感染症との闘いの最前線には、いつも地域の保健所がありました。

04
保健所で働く医師の 1 日(例)
ここでは、保健所で感染症の対策を担当する医師の 1 日の例を紹介します。厚生労働省の案内では、公衆衛生医師の勤務は基本的に平日の日中で、夜勤や当直はありません。ただし、感染症の流行や災害のときは、急いで対応することもあります。
保健所の仕事は、医師だけでは進みません。保健師が患者の家を訪ね、薬剤師や獣医師が食品やお店を調べ、事務の職員が記録をまとめます。医師はそれぞれの情報を合わせ、医学の目で判断する役を担います。
地域の病院や学校、高齢者の施設とのつながりも大切です。ふだんから顔を合わせておくことで、いざというときに素早く協力できます。
多くの職種の情報をまとめ、医学の目で判断するのが医師の役目です。
図解保健所の医師の 1 日(例)
- 8:30朝の打ち合わせ前日に届いた感染症の届出を確かめる
- 10:00調査の相談保健師と、聞き取りの方針を決める
- 12:00昼休み
- 13:30病院を訪ねる院内の感染症対策について話し合う
- 15:00会議学校や施設での流行の報告を読み解く
- 16:30資料づくり住民に向けた注意の呼びかけをつくる

05
なるには: 臨床の経験と、その先のキャリア
公衆衛生医師や医系技官になるには、医師免許が必要です。臨床研修のあとすぐに入る人も、病院で何年か診療を経験してから入る人もいます。医系技官の採用では、グループディスカッションや面接などを通じて、問題を解決する考え方や協調性が問われます。
医系技官は、厚生労働省だけでなく、ほかの省庁や都道府県、WHO などの国際機関、海外の大使館でも働きます。毎年 3〜4 人が、アメリカやイギリス、スイスなどに留学しています。
経験を積むと、保健所長や、国の部局の責任者として政策をまとめる立場に進めます。社会医学系専門医という専門医の資格もあり、行政の仕事を通じて取ることができます。
目の前の一人だけでなく、その人が暮らす町や社会のしくみまで考えたい人に向いています。立場の違う人と話し合いながら、粘り強く物事を進める力が求められます。
臨床で身につけた力を、町や国の大きさで生かす道です。
図解社会の健康を守る医師への道(例)
- 1医学部で学ぶ公衆衛生・疫学・医療と社会
- 2臨床研修2 年間、病院で診療の基本を学ぶ
- 3保健所・国へ公衆衛生医師や医系技官に採用
- 4専門を深める留学や社会医学系専門医の取得
高校生のうちに試せること
医系技官の仕事を知る
厚生労働省の「医系技官 Voice」では、感染症の対策や子どもの健康、海外の仕事を受け持つ医師が、仕事の中身を紹介しています。どんな場面で医学を使っているのか読んでみましょう。
医系技官 Voice(厚生労働省)自分の県の結核の数字を調べる
2025 年の結核の罹患率は、大阪府が 13.4 で最も高く、最も低い山梨県(4.5)の 3.0 倍でした。厚生労働省の年報で自分の県の値を調べ、なぜ差があるのかを考えてみましょう。
2025 年 結核登録者情報調査年報集計結果(厚生労働省)学校の「出席停止」の理由を考える
学校保健安全法では、インフルエンザなどの感染症にかかったときの出席停止の期間が決まっています。なぜその期間なのかを、感染症の広がり方から考えてみましょう。
「社会の健康を守る」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 82 件から探せます。
分子疫学
広島大学(広島県)
原爆放射線医科学研究所 放射線影響評価部門・放射線医学
神経遺伝学、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症などを研究している。

未病科学分野
岡山大学(岡山県)
ヘルスシステム統合科学研究科 ヘルスケアサイエンス部門・予防医学・横山 慎太朗 助教
病気になる前の心身や生活の変化に注目し、一人ひとりがよりよく生きるためのヘルスケアを研究する。

疫学・衛生学分野
岡山大学(岡山県)
医歯薬学総合研究科 医学系講座・疫学・賴藤 貴志 教授
国内外の医療・保健・福祉の課題に疫学の手法で取り組み、公衆衛生の研究人材を育てる。

水質衛生学
岡山大学(岡山県)
工学部 環境・社会基盤系 都市環境創成コース・環境衛生工学・永禮 英明 教授
新しい水処理技術や、水環境中の物質の動きと生態系との関わりを研究する。
疫学・疾病制御学
広島大学(広島県)
医系科学研究科 医学分野(基礎系)・基礎医学・福間 真悟 教授
疫学、統計学、AIなどを研究している。

腫瘍微小環境学分野
岡山大学(岡山県)
医歯薬学総合研究科 医学系講座・腫瘍免疫学・冨樫 庸介 教授
がん周囲の腫瘍微小環境を1細胞レベルで解析し、がん免疫療法に関わる新たな分子や概念を探る。
よくある質問
公衆衛生の仕事をするのに、臨床の経験は必要ですか?
医系技官の採用では、医師免許を取ってからの経験年数による応募の制限はありません。一方で、保健・医療の現場を知っていることは大きな強みになります。研修や診療で、患者の暮らしや医療のしくみに目を向けておくと役立ちます。
産業医になるには、どうすればよいですか?
医師であることに加えて、働く人の健康管理に必要な知識について、法律で定められた要件を満たす必要があります。日本医師会などが行う研修を修了する方法があり、病院や診療所で診療をしながら、会社の産業医を務める医師もいます。
保健所では、医師のほかにどんな人が働いていますか?
保健師、薬剤師、獣医師、管理栄養士など、多くの専門職と事務の職員が働いています。医師は、そうした仲間から集まる情報をもとに、医学の目で判断する役を受け持ちます。



