大学カタログ

図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 3

人を知る企業の仕事

お客さんの気持ちや行動を調べ、商品や広告、使いやすいアプリの画面づくりに生かす仕事です。社員が力を発揮できる職場をつくる人事の仕事にも、心理学が役立ちます。

試作のアプリを人に使ってもらう様子を観察したり、アンケートの結果をグラフにしたり、会議室で働きやすい職場について話し合ったりする大学生たち

ひとことで言うと

文化祭の模擬店は、見せ方で売れ方が変わる

文化祭の模擬店で、メニューの書き方や看板の置き方を変えただけで、売れ行きが変わった経験はないでしょうか。人は、値段や味だけでなく、見え方や伝え方にも左右されて選んでいます。企業で心理学を生かす仕事は、こうした人の判断のくせを調べ、商品やサービスを人に合わせて作ることです。

01

マーケティング: 伝え方ひとつで行動が変わる

マーケティングの仕事では、お客さんが何を求め、どう選んでいるかを調べます。アンケートやインタビューで気持ちを聞き、購入や利用の記録から行動を確かめて、商品づくりや広告に生かします。

人の判断には、思い込みやくせがあります。心理学者のカーネマンは、不確かな状況で人がどう判断するかを研究し、2002 年にノーベル経済学賞を受けました。心理学の研究の成果を経済学に取り入れたことが評価されたのです。

伝え方の工夫は、行政でも使われています。東京都八王子市は 2016 年度に、こんな実験をしました。大腸がん検診の検査キットを送ったのにまだ受けていない人を 2 つに分け、文面の違うお知らせを送って効果を比べたのです。

「受診しないと来年は検査キットは送付されなくなります」と書いたお知らせでは、受診した人が 29.9% でした。「検診を受けてもらえれば、来年も検査キットを送ります」と書いたお知らせの 22.7% を上回ったのです。人は得をすることより、損を避けることに強く動かされやすい(損失回避)と考えられています。

同じ中身でも、伝え方を変えるだけで人の行動は変わります。

図解お知らせの文面を比べた実験(八王子市)

入力検査キットを送ったのに、まだ検診を受けていない人(各 1,761 人)
  1. 1対象の人を、くじ引きのように無作為に 2 つに分ける
  2. 2片方には「受ければ来年も送ります」と書いて送る
  3. 3もう片方には「受けないと来年は送られません」と書いて送る
  4. 4それぞれ、検診を受けた人の割合を比べる
結果「送られません」の文面は 29.9%、「来年も送ります」の文面は 22.7%
川沿いの土手の向こうに建つ、茶色い外壁の大きな庁舎
東京都八王子市の市役所。市は、大腸がん検診のお知らせの文面を変えて、効果を比べる実験を行いました。写真: ja:利用者:Ans~jawiki(CC BY-SA 3.0・Wikimedia Commons)

02

UX リサーチ: 使いにくさの理由を見つける

UX(ユーザー体験)リサーチャーは、アプリや Web サイトが使いやすいか、使う人の気持ちに合っているかを調べる仕事です。画面のデザインを決める前や作ったあとに、実際に人に使ってもらって確かめます。

よく使う方法が、使う人に操作してもらい、その様子を観察するテストです。考えていることを声に出しながら操作してもらうと、「このボタンが押せるとは思わなかった」のような、作り手が気づかない迷いが見えてきます。

国の行政サービスでも、この考え方が取り入れられています。デジタル庁はマイナポータルの改善で、画面の下に感想を送るフォームを置き、1 日に数千件の利用者の声が集まるしくみをつくりました。目の見えない職員が、画面を読み上げるソフトで操作する様子を、開発者がそろって見学する会も続けています。

記憶や注意、知覚のしくみを学ぶ認知心理学は、人がどこで迷い、何を見落としやすいかを考える手がかりになります。

使いにくさは、使う人のせいではなく、作りの問題として考えます。

図解使いやすさを高めるくり返し

  1. 1使う人を知るインタビューや観察で困りごとを探す
  2. 2試作する紙や簡単な画面で形にする
  3. 3使ってもらう操作の様子を観察する
  4. 4直す迷った所を直して、また試す
木の机の上に、手書きで画面の配置を描いた紙が何枚も並べられている
紙に描いた画面の試作(ペーパープロトタイプ)。本物を作る前に、紙の画面を人に使ってもらい、迷う所を探します。写真: Sage Ross(CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons)

03

人事: 人が力を発揮できる職場をつくる

人事の仕事は、社員の採用、配属、研修、評価、働きやすい職場づくりなどです。人がどんなときにやる気を出し、どんなときに疲れてしまうのかを考える産業・組織心理学が役立ちます。

職場の心理学の出発点として知られるのが、アメリカの工場で 1924 年から行われたホーソン実験です。照明を明るくすれば作業がはかどるはずだと調べましたが、明るさと生産性には、はっきりした関係が見つかりませんでした。

研究者たちは 1928 年から 1930 年にかけて、2 万 1,000 件をこえる面接を行いました。その結果、仕事への気持ちや上司の関わり方、職場の仲間との関係が、働きぶりや満足感に大きく関わると考えるようになりました。

いまの日本では、社員の心の健康を守るしくみも人事の大切な仕事です。2015 年から、従業員 50 人以上の職場ではストレスチェックが義務になり、2028 年 4 月からは 50 人未満の職場にも広がります。チェックを行う人には、医師や保健師のほか、研修を受けた公認心理師もなれます。

人の気持ちや人間関係が、仕事の成果を左右します。

図解人事の仕事と心理学

人事の仕事
  • 採用面接や適性検査で人を知る
  • 配属力を生かせる部署を考える
  • 研修学び方・教え方を工夫する
  • 評価公平で納得できる評価を考える
  • 職場づくりストレスチェックなどで心を守る

04

UX リサーチャーの 1 日(例)

ここでは、アプリを作る会社で働く UX リサーチャーの 1 日の例を紹介します。調べる人であると同時に、分かったことをチームに伝える人でもあります。

テストに協力してもらう人には、目的や記録の扱いを説明し、同意を得てから始めます。集めた声や映像は、だれのものか分からない形にして共有します。

見つかった問題は、デザイナーやエンジニアと一緒に直す順番を決め、次の改良につなげます。

調べる力と、分かりやすく伝える力の両方が求められます。

図解UX リサーチャーの 1 日

  1. 9:30利用者の声を読むアプリに届いた感想を分類する
  2. 10:30テストの準備試作の画面と質問の流れを確かめる
  3. 12:00昼休み
  4. 13:00使いやすさのテスト協力者に操作してもらい観察する
  5. 15:00結果の整理迷った場面と理由を付せんで整理する
  6. 16:30チームに報告改善案をデザイナーと話し合う

05

入り方と、その先のキャリア

マーケティングや UX リサーチ、人事の仕事に、決まった資格はありません。多くの人は、大学を卒業して企業に入り、配属された部署で経験を積みます。

心理学部で学ぶ心理学研究法や心理学統計法、心理学実験は、そのまま仕事の道具になります。アンケートの質問の作り方、実験の条件のそろえ方、結果の差が偶然かどうかの確かめ方は、商品のテストでも同じだからです。

経験を積むと、調査の責任者、商品の企画、人事の制度づくり、データ分析の専門職などに進む道があります。人の気持ちと数字の両方に興味がある人に向いている仕事です。

クイズ企業の心理学クイズ

本文を思い出しながら答えてください。

  1. Q12002 年にノーベル経済学賞を受けた、人の判断を研究した心理学者は?

  2. Q2八王子市の実験で、検診を受けた人の割合が高かったお知らせの文面は?

  3. Q3ホーソン実験で、照明を明るくしたら作業のはかどり方はどうなった?

0 / 3 問に回答

高校生のうちに試せること

  • 家族にアプリを使ってもらい、観察する

    家族や友だちに、ふだん使わないアプリで何か 1 つ操作してもらい、考えていることを声に出してもらいましょう。どこで迷ったかをメモすると、使いやすさのテストを体験できます。

  • ナッジの事例を読む

    環境省の日本版ナッジ・ユニット(BEST)のページでは、伝え方の工夫で人の行動が変わった例を紹介しています。身近なポスターや張り紙にも、同じ工夫がないか探してみましょう。

    日本版ナッジ・ユニット(環境省)
  • アンケートを作って比べる

    文化祭や部活で、来た人にアンケートをとってみましょう。質問の順番や選択肢の作り方を変えると答えが変わるか、2 通り作って比べると、調査の難しさと面白さが分かります。

「人を知る企業の仕事」に関連するコミュニティ

研究室・部活・サークルなど、全国の 61 件から探せます。

研究室をすべて見る(29 件)

よくある質問

企業で心理学を生かすのに、大学院は必要ですか?

多くの仕事は、大学を卒業してから始められます。ただ、UX リサーチや調査の専門職では、大学院で研究法や統計を深く学んだ人が活躍する場面もあります。

人の心理を利用して、だますことになりませんか?

ナッジなどの工夫は、本人のためになる選択を選びやすくすることが前提です。環境省を事務局とする日本版ナッジ・ユニットでも、倫理的な配慮について検討しています。

文系でも、統計やデータを使いますか?

使います。アンケートの集計や、お知らせの文面を比べる実験の分析など、数字で確かめる場面は多くあります。心理学部では、心理学統計法や心理学実験で、その基本を学びます。