図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 4
研究・データ分析
実験や調査で集めたデータを統計で分析し、心のしくみを確かめる仕事です。大学院に進んで研究者になる人のほか、心理学で身につけた分析の力を、企業や行政のデータ分析に生かす人もいます。

ひとことで言うと
人気のレシピは、だれが作っても同じ味になる
おいしいと評判のレシピも、考えた人の台所でしか成功しないなら、良いレシピとは言えません。心理学の研究も同じで、ある実験の結果が、別の人が別の場所で試しても同じように出るかを確かめます。思い込みではなく、くり返し確かめられたデータで心を理解するのが研究の仕事です。

01
どんな仕事?: 問いを立て、データで確かめる
心理学の研究者は、「人はなぜ見まちがえるのか」「どうすれば覚えたことを忘れにくいか」のような問いを立て、実験や調査で答えを確かめます。結果は論文にまとめ、学会で発表して、ほかの研究者の検討を受けます。
心理学が実験の学問として歩み始めたのは 1879 年です。ドイツのライプツィヒ大学で、ヴントが世界で最初の実験心理学の研究所を開きました。光や音に気づいてから反応するまでの時間(反応時間)を測る実験などが行われました。
日本では 1927 年に日本心理学会がつくられました。いまの研究では、パソコンで反応時間を測るほか、視線の動きや脳の活動を記録する装置も使います。
思いつきを、データで確かめられる形の問いに変えるのが研究の第一歩です。
図解研究のくり返し
- 1問いを立てる身近な疑問や、これまでの研究から
- 2計画する条件や人数、測る方法を決める
- 3データを集める実験・調査・観察を行う
- 4分析する統計で偶然かどうかを確かめる
- 5発表する論文や学会で検討を受ける


02
研究の最前線: 同じ結果がもう一度出るか
研究の結果は、別の人が同じ方法で試しても同じように出て、はじめて信頼されます。この「再現できるか」を大規模に確かめたのが、2015 年に科学誌『サイエンス』に発表された研究です。
世界の研究者が協力して、心理学の学術誌 3 誌に載った 100 本の研究を、できるだけ同じ方法でやり直しました。もとの論文では、97% の研究で統計的に意味のある結果が出ていました。ところが、やり直しで同じように意味のある結果が出たのは 36% でした。効果の大きさも、平均でもとの半分ほどでした。
こうした結果を受けて、実験の前に計画と分析の方法を公開しておく「事前登録」が広がっています。データを公開して、だれでも確かめられるようにする取り組みも進んでいます。
うまくいかなかった結果も、より確かな方法を生む材料になります。何が本当に言えるのかを粘り強く確かめる姿勢は、研究者に欠かせません。
くり返し確かめられた結果だけが、確かな知識として残ります。
図解もとの研究と、やり直しの結果
もとの研究
- 100 本のうち 97% で意味のある結果
- 効果の大きさを 1 とする
やり直し
- 意味のある結果が出たのは 36%
- 効果の大きさは平均で約半分

03
データ分析の仕事: テストの結果にも心理学
心理学で身につく統計の力は、研究の外でも求められています。アンケートの設計と分析、お客さんの行動データの分析、テストの開発など、データをもとに考える仕事に生かせます。
心のはたらきや学力のように、直接は見えないものを数字で測る方法を研究するのが心理測定の分野です。この分野で発展した項目反応理論(IRT)は、受ける人によって問題が違っても、同じものさしで力を比べられるようにする方法です。
2025 年度の全国学力・学習状況調査では、中学校の理科で 1 人 1 台の端末を使い、IRT による結果の示し方が取り入れられました。受ける人によって違う問題が出ても、一人ひとりの力を 5 段階の「IRT バンド」で示します。
質問の作り方ひとつで、答えは変わります。答えを誘うような聞き方を避けるなど、正しく測るための工夫も心理学の授業で学びます。
「正しく測る」ことは、研究でも社会でも信頼の土台です。
図解違う問題で力を比べるしくみ(IRT)
- 1多くの人の結果から、問題ごとの難しさを見積もる
- 2どの難しさの問題に正解できたかを手がかりにする
- 3共通のものさしの上で、一人ひとりの力の位置を推定する


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大学院生(研究者の卵)の 1 日(例)
研究者をめざす人の多くは、大学院の修士課程(2 年)と博士課程(3 年)に進みます。ここでは、記憶の実験をしている大学院生の 1 日の例を紹介します。
人を対象にする実験では、参加者に内容や記録の扱いを説明し、同意を得てから始めます。多くの大学には研究の倫理を審査する委員会があり、計画はその審査を通してから実行します。
博士課程の人を対象に、研究に専念できるよう支援する日本学術振興会の特別研究員(DC)という制度もあります。
地道なデータ集めと、仲間との議論のくり返しで研究は進みます。
図解大学院生の 1 日
- 9:00論文を読む英語の新しい論文で方法を確かめる
- 10:30実験参加者にパソコンの課題をしてもらう
- 12:00昼休み
- 13:00データの分析統計ソフトで条件の差を確かめる
- 15:00ゼミ進み具合を発表し、意見をもらう
- 17:00次の実験の準備画面に出す刺激と手順を作る

05
研究者への道と、データを生かす仕事
大学の研究者になるには、博士の学位を取り、大学の助教や研究所の研究員などの職に応募するのが一般的な道です。国や企業の研究所で、人の判断や行動を研究する人もいます。
研究の世界では、英語の論文を読み書きする力と、統計とプログラミングの力が欠かせません。高校の数学の「データの分析」や英語の長文読解が、そのまま土台になります。
大学院で身につけた研究の力は、研究者以外の道でも生きます。調査やデータ分析の仕事、行政の調査、テストの開発など、データをもとに考える仕事で活躍できます。
答えをすぐに決めつけず、「本当にそう言えるのか」を確かめるのが好きな人に向いています。
高校生のうちに試せること
定規で反応時間を測る
友だちに 30 cm の定規の上の端を持ってもらい、0 の目盛りの位置に指を構えます。合図なしに落とした定規を 20 cm の位置でつかめたら、反応時間は約 0.2 秒です(落ちた距離から物理の公式で計算できます)。10 回測って、平均やばらつきを比べてみましょう。
心理学ミュージアムをのぞく
日本心理学会のサイト「心理学ミュージアム」では、感情や記憶、学びなどの研究を、中学生や高校生にも分かる作品で紹介しています。
心理学ミュージアム(日本心理学会)J-STAGE で心理学の論文を読む
日本心理学会の『心理学研究』など、多くの学術誌の論文が J-STAGE で公開されています。まずは、はじめのまとめ(要旨)だけでも読んでみましょう。
心理学研究(J-STAGE)統計検定を受ける
日本統計学会が公式に認定する検定で、4 級から 1 級まであります。グラフの読み方や、平均・ばらつきの考え方を確かめるのに役立ちます。
統計検定
「研究・データ分析」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 57 件から探せます。
リスク心理学研究室
横浜国立大学(神奈川県)
都市科学部 環境リスク共生学科・社会心理学・髙木 彩 准教授
人がリスクをどう捉え判断するかを研究し、社会的な対話を支える。
知覚・認知心理学研究室
筑波大学(茨城県)
情報メディア・森田 ひろみ

心理情報学分野
京都大学(京都府)
情報学研究科情報学専攻・脳認知科学・熊田 孝恒 教授

認知科学研究室
九州大学(福岡県)
情報学・志堂寺 和則 教授

脳情報学分野
京都大学(京都府)
情報学研究科情報学専攻・脳認知科学・神谷 之康 教授
認知情報学分野
京都大学(京都府)
情報学研究科情報学専攻・脳認知科学・西田 眞也 教授
よくある質問
研究者になるには、博士課程まで進む必要がありますか?
大学の研究職では、博士の学位を求められることが多くあります。一方、調査やデータ分析の仕事には、大学や修士課程を終えてから就く人もいます。
実験の参加者になることはできますか?
多くの心理学科では、学生がおたがいの実験に参加し合います。研究によっては、一般の人に協力を呼びかけることもあります。参加するときは説明を聞いて同意してから始まり、途中でやめることもできます。
数学が苦手でも、研究やデータ分析はできますか?
計算の多くはパソコンの統計ソフトが行います。大切なのは、どの方法を選び、結果をどう読むかを理解することです。高校の「データの分析」から、少しずつ積み上げていけば大丈夫です。


