図 4 学ぶために必要な科目・学問学ぶために必要な科目 1
数学
心理学は文系の学部に置かれることが多い学問ですが、実験や調査の結果は数字で確かめます。高校の数学 I の「データの分析」と数学 B の「統計的な推測」が、大学で学ぶ心理統計の入口になります。

ひとことで言うと
新しい練習法は、本当に効いたのか
部活で新しい練習を始めたら、記録が少し伸びました。でも、たまたま調子のよい日だっただけかもしれません。偶然なのか練習の効果なのかを見分ける道具が統計で、心理学では毎日のようにこれを使います。

01
心理学は「心を測る」ことから始まった
心理学科は、文学部や人間科学部など文系の学部に置かれることが多い一方で、授業では数学をよく使います。日本学術会議の参照基準は、心理学が「実証的な経験科学である精神物理学として誕生した」と書いています。心のはたらきを、測って確かめる学問として始まったのです。
出発点の 1 つは、19 世紀前半にライプツィヒ大学のウェーバーが見つけた関係です。刺激の違いに気づくのに必要な増え方は、もとの強さとの比がほぼ一定になります。例えば比が 50 分の 1 だとします。50 g の重りなら 1 g、500 g の重りなら 10 g 増やして、ようやく違いに気づく計算です。
1860 年には、同じ大学のフェヒナーが『精神物理学要綱』を出し、刺激の強さと感じ方の強さを関数で結ぶ研究を始めました。1879 年には、ヴントが同じ大学に世界で初めての実験心理学の研究所を開きます。今の心理学の方法として、参照基準は因子分析や推計・検定のような統計法を挙げています。
心理学は、心のはたらきを測って確かめるところから始まりました。
図解心理学で数学が出てくる場所
- 平均と標準偏差実験の結果を数字でまとめる
- 相関係数2 つのことの関係の強さを見る
- 確率偶然でも起きる確率を見積もる
- 仮説検定違いに意味があるかを判断する
- 比と関数刺激の強さと感じ方を結ぶ

02
平均と標準偏差: 0.2 秒の反応を数字で読む
実験心理学で最初にまとまって進められた研究が、反応時間の測定です。光や音に気づいてからボタンを押すまでの時間を測ります。使われたのは、ヒップのクロノスコープという精密な時計で、1000 分の 1 秒の単位まで読み取れました。
ヴントの研究所ができてすぐに、若い数学者マックス・フリードリヒが、この時計で光への反応時間を測り始めました。その博士論文は、実験心理学で最初の博士論文とされています。光や音にいちばん速く反応するまでの時間は、およそ 0.2 秒(200 ミリ秒)でした。
反応時間は、同じ人でも毎回少しずつ違います。そこで何回も測って平均を出し、ばらつきの大きさを標準偏差で表します。どちらも数学 I の「データの分析」で学ぶ内容で、高校では分散・標準偏差・散布図・相関係数を扱います。
平均が同じでも、標準偏差が大きければ結果のぶれが大きいことになります。多くの大学では、心理学実験の授業でこうした計算を表計算ソフトや統計ソフトで行い、結果を表やグラフにしてレポートにまとめます。
平均と標準偏差は、実験の結果を読むための最初の道具です。
図解反応時間の実験をまとめる
- 1合計 1050 ÷ 5 で平均は 210 ミリ秒
- 2平均との差は 0・−20・40・−30・10
- 3差の 2 乗の平均(分散)は 600
- 4分散の平方根が標準偏差


03
確率と仮説検定: 偶然か、意味のある違いか
友だちが心の中で選んだカードを、2 枚のうちから当てる遊びを考えます。10 回のうち 8 回当たったら、心が読めたことになるでしょうか。当てずっぽうでも毎回 2 分の 1 の確率で当たるので、偶然かどうかを計算で確かめます。
10 回の当たり外れの並び方は、2 の 10 乗で 1024 通りです。8 回以上当たる並び方は 45 + 10 + 1 = 56 通りなので、確率は約 5.5% になります。偶然でも 20 回に 1 回ほど起きるので、これだけでは心が読めたとは言えません。このように考える方法を仮説検定といいます。
数学 I では仮説検定の考え方を、数学 B では正規分布を使った区間推定と仮説検定を学びます。学習指導要領には「有意水準」という用語も出てきます。偶然とは考えにくいと判断する基準のことで、心理学の論文では 5% がよく使われます。
2 つの組の平均を比べるときによく使う t 検定は、ビールの醸造所で生まれました。考えたのは、アイルランドのダブリンにあるギネスの醸造所で、1899 年から化学者として働いていたゴセットです。少ない数の試料で品質を確かめるために考え、「スチューデント(Student)」という名前で発表しました。
仮説検定は、「偶然でも起きるか」を数字で確かめる方法です。
図解カード当てで考える仮説検定
- 1仮説を立てる「当てずっぽうで当たった」と考える
- 2確率を計算偶然で 8 回以上当たる確率は約 5.5%
- 3基準と比べる心理学でよく使う基準は 5%
- 4判断する5% より大きいので偶然とも言える


04
相関とやり直しの実験: 数字にだまされないために
2 つのことがどれだけ一緒に変わるかを表すのが、数学 I で学ぶ相関係数です。例えば、ある学校で「睡眠時間が長い人ほどテストの点が高い」という結果が出たとします。それでも、よく眠ったから点が上がったとは限りません。計画を立てるのが得意な人が、早く寝て点も高いだけかもしれないからです。
原因を確かめたいとき、心理学では実験をします。参加者をくじで 2 つの組に分け、一方だけ条件を変えて結果を比べます。くじで分けるのは、もともとの人の違いが結果に混ざらないようにするためです。
統計を正しく使う大切さが世界で注目されたのが、2015 年に発表された研究です。270 人の研究者が協力し、心理学の 3 つの学術誌に載った 100 の研究を、できるだけ元と同じ材料を使ってやり直しました。元の研究では 97% が統計的に意味のある結果でしたが、やり直しでそうなったのは 36% でした。
この研究は、1 回の実験の結果だけで結論を急がず、やり直して確かめることの大切さを示しました。ニュースや広告で「〇〇な人ほど△△」という数字を見たときにも、同じ考え方が役立ちます。
相関があっても、それが原因とは限りません。

05
苦手でも大丈夫: どこから学び直すか
大学や入試の方式によっては、数学を使わずに心理学科を受験できます。ただし入学後は、多くの大学で 1・2 年のうちに心理統計や心理学実験の授業があります。参照基準も、心理統計を心理学の基礎の科目の 1 つに挙げています。
学び直すなら、中学で学んだ平均値・中央値や箱ひげ図から始めるのが近道です。次に数学 I の「データの分析」、数学 A の「場合の数と確率」、数学 B の「統計的な推測」へ進みます。このページの反応時間やカード当ての例に当てはめながら解くと、式の意味がつかみやすくなります。
大学では、難しい計算は統計ソフトが行います。jamovi や JASP のように、無料で使える統計ソフトもあります。大切なのは、目的に合った方法を選ぶことと、出てきた数字の意味を読み取ることです。
平均と散らばりが分かれば、心理統計の入口に立てます。
図解学び直しのおすすめの順番
- 1中学の数学平均値・中央値、箱ひげ図
- 2数学 I分散・標準偏差・相関係数
- 3数学 A場合の数と確率
- 4数学 B正規分布、区間推定と仮説検定
高校生のうちに試せること
色と文字の実験で平均と標準偏差を出す
赤・青・緑などの色の名前を、違う色のペンで書いた紙と、同じ色のペンで書いた紙を用意しましょう。文字ではなくインクの色を声に出して読み、かかった時間をストップウォッチで 5 回ずつ測ります。表計算ソフトで 2 つの紙の平均と標準偏差を出し、違いがあるかを比べてみましょう。
カード当てで仮説検定を体験する
2 枚のカードのどちらを選んだかを、友だちに 20 回当ててもらいましょう。当てずっぽうで 15 回以上当たる確率は約 2% です。何回当たったら「偶然とは考えにくい」と言えるか、計算しながら話し合ってみましょう。
無料の統計ソフト jamovi を使ってみる
jamovi は、表に数字を入れてメニューを選ぶと、平均や t 検定を計算できる無料のソフトです。上の 2 つの試みのデータを入れて、出てきた結果の表を読んでみましょう。
jamovi
「数学」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 30 件から探せます。
よくある質問
数学が苦手でも心理学科に入れますか?
入れます。大学や入試の方式によっては、数学を使わずに受験できます。ただし入学後は心理統計の授業があるので、数学 I の「データの分析」を中心に学び直しておくと、授業についていきやすくなります。
数学 III は必要ですか?
心理学の授業で中心になるのは、平均・標準偏差・相関・確率・仮説検定といった統計の考え方です。入試で必要な科目は大学と入試の方式によって異なるので、志望校の募集要項で確かめてください。
統計ソフトがあるのに、なぜ数学を学ぶのですか?
計算はソフトに任せられますが、どの方法を使うか、出てきた数字が何を意味するかは人が決めます。仮説検定の考え方が分かっていると、ソフトが出した結果を正しく読み取れます。
出典
- 日本学術会議「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 心理学分野」(2014 年 9 月)
- 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)」
- H. Maximilian Wontorra「Early apparatus-based experimental psychology, primarily at Wilhelm Wundt's Leipzig Institute」(ライプツィヒ大学)
- MacTutor History of Mathematics「William Sealy Gosset」(セント・アンドルーズ大学)
- Open Science Collaboration「Estimating the reproducibility of psychological science」Science 349(6251)(2015 年・ダンディー大学の公開版)




