大学カタログ

図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 3

食と農業を支える

野菜や果物の新しい品種をつくり、その種を届け、ハウスの中の生き物の力も借りて、毎日の食卓を支える仕事です。高校の生物で学ぶ遺伝の法則や生き物どうしの関係、生態系の保全が、種づくりと野菜づくりの現場でそのまま使われています。

ビニールハウスの中で、トマトの花に来たマルハナバチを観察する若い技術者と、小さな筆で花に花粉をつける学生、奥で種の袋を整理する仲間たち

ひとことで言うと

団体戦で、得意の違う選手を組み合わせる

部活の団体戦では、得意なことが違う選手を組み合わせて、強いチームをつくります。品種づくりも、病気に強い親と味のよい親をかけ合わせて、両方のよさを持つ野菜をめざします。どの組み合わせから、どんな子ができるか。それを予想する道具が、高校の生物で学ぶ遺伝の法則です。

01

どんな仕事?: 種をつくる人、育て方を広める人

野菜や花の新しい品種をつくる人を、育種家と呼びます。種苗会社や国の研究機関、都道府県の農業試験場などで働いています。農林水産省によると、日本の種苗産業の市場は約 2,600 億円で、そのうち野菜の種苗の販売額が約 1,690 億円を占めます。

品種ができても、仕事は終わりではありません。種を大量につくり、農家に届け、育て方を伝えます。都道府県の普及指導センターなどでは、約 7,200 人の普及指導員などが、農家に新しい技術を伝えています。食品メーカーの研究職は、微生物の発酵や酵素のはたらきを使って食品をつくります。

どの仕事でも、目に見えない遺伝子や生き物どうしの関係を考えて、目に見える野菜や食品に変えることが中心です。高校の生物で学ぶ遺伝の法則、生物群集、生態系の保全、代謝が、その考え方の土台になります。

遺伝と生き物どうしの関係を、野菜づくりの形にする仕事です。

図解食と農業の仕事と高校の生物

食と農業
  • 遺伝の法則親を選び、F1 の種をつくる(生物)
  • 生物群集受粉を助けるハチとの関係(生物)
  • 生態系の保全外来のハチを外に出さない工夫(生物基礎)
  • 光合成ハウスの光と温度を調える(生物)
  • 代謝と発酵みそやしょうゆを微生物でつくる(生物)
  • 遺伝子の技術病気に強い遺伝子を持つ株を調べる(生物)
緑の山のふもとに、ガラス張りの大きな温室が並び、手前に木の若葉が茂っている
徳島県阿南市のトマトの大きな温室。ハウスの中では、光や温度だけでなく、受粉を助ける生き物も管理しています。写真: AreaPhoto(CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons)

02

遺伝の法則が生きる場面: 野菜の種の多くは「F1」

野菜の種の袋に「F1」と書かれているのを見たことはありますか。F1 は、性質の違う 2 つの親の系統をかけ合わせて得た、雑種第一代の種です。農林水産省の資料も、異なる系統を交配して得る F1 の種の生産を、野菜の種づくりの技術として紹介しています。

親の系統が、それぞれ同じ遺伝子を 2 つずつ持っていれば、F1 はどの株も同じ組み合わせになります。そのため、形や育ち方のそろった野菜ができます。病気に強い親と味のよい親を選べば、両方のよい性質を 1 代で組み合わせることもできます。

ところが、F1 の野菜から種を採ってまくと、次の代(F2)では性質が分かれて現れます。生物で学ぶ遺伝の法則のとおり、遺伝子の組み合わせが 1:2:1 に分かれるからです。そのため、F1 の種は、毎回、親をかけ合わせてつくり直す必要があります。

かけ合わせには手間がかかります。以前は、母親にする株の花から、おしべを全部手で取り除いていました。今は、母親の系統の花粉がはたらかないようにする技術も使われています。農林水産省によると、日本で流通する野菜の種の約 9 割は、種づくりに向いた北半球と南半球の国々でつくられています。

遺伝の比が分かると、F1 の種を毎回つくり直す理由を説明できます。

図解F1 の野菜から種を採ると(考え方の例)

入力AA の親の系統 × aa の親の系統(A が顕性)
  1. 1F1 はすべて Aa。形や育ち方がそろう
  2. 2F1 の花どうしで受粉してできた種(F2)をまく
  3. 3AA:Aa:aa = 1:2:1 に分かれる
結果F2 の 4 株に 1 株は潜性の性質が現れ、畑の野菜がそろわない

03

生態系の保全が生きる場面: ハウスのトマトとマルハナバチ

ハウスで育てるトマトには、受粉を助けるマルハナバチが放されています。環境省の資料によると、マルハナバチは 1990 年代から使われ、トマトなどの受粉の手間を減らしてきました。ハチは花粉を集め、トマトは実を結ぶ。生物で学ぶ、生き物どうしの関係そのものです。

ところが、使われていたヨーロッパ原産のセイヨウオオマルハナバチが、ハウスの外に逃げ出しました。1996 年には、北海道の野外で女王の越冬と自然の巣が初めて確認されました。えさや巣をめぐる競争などで、在来のエゾオオマルハナバチが減ったことも確かめられています。

セイヨウオオマルハナバチは、2006 年に特定外来生物に指定されました。今は、使うには国の許可が必要です。ハウスの窓などにネットを張り、出入り口を二重にして、外に逃がさない対策が求められています。本州・四国・九州では、在来種のクロマルハナバチへの切り替えが進められています。

在来種なら、どこで使ってもよいわけではありません。環境省の資料は、人の手で遺伝子が均一になったハチが逃げ出すと、在来種であっても自然に影響するおそれがあると指摘しています。北海道では、もともとすんでいないクロマルハナバチは使わない方針です。生物基礎で学ぶ生態系の保全が、農業の現場の判断に直結しています。

外来生物と遺伝子の知識が、野菜づくりのルールを支えています。

クイズ種と受粉のクイズ

答えを 1 つ選んでください。

  1. Q1日本で流通する野菜の種のうち、海外でつくられているのはどれくらい?

  2. Q2F1 の野菜から種を採ってまくと、どうなる?

  3. Q3セイヨウオオマルハナバチを使うハウスに求められている対策は?

0 / 3 問に回答
緑の葉を背に、黒い毛におおわれ、おしりの先がだいだい色のマルハナバチが、花のつぼみにとまっている
ムクゲのつぼみにとまった、在来種のクロマルハナバチ。本州・四国・九州のハウスでは、このハチへの切り替えが進められています。写真: coniferconifer(CC BY 2.0・Wikimedia Commons)

04

種苗会社の育種担当の 1 日(例)

ここでは、種苗会社で、トマトの新しい品種をつくる育種担当の 1 日の例を紹介します。仕事の進め方は、会社や作物によって違います。

朝は畑やハウスを回り、育てている系統の育ち具合や、病気の出方を記録します。花の咲く時期には、母親にする花のおしべを取り、父親の花粉をつけて、ほかの花粉が入らないように袋をかけます。どの親を組み合わせるかは、何年分もの記録をもとに決めます。

午後は、実の重さや糖度を測り、食べ比べをします。病気に強い遺伝子を持つかどうかを、DNA の検査で調べることもあります。かけ合わせと選抜を何年もくり返して、ようやく 1 つの品種が生まれます。

かけ合わせと選抜を、記録とデータでくり返す仕事です。

図解種苗会社の育種担当の 1 日(例)

  1. 7:30見回り育ち具合と病気の出方を記録する
  2. 9:00交配おしべを取り、別の株の花粉をつける
  3. 10:30袋かけほかの花粉が入らないように守る
  4. 12:00昼休み
  5. 13:00測定と試食実の重さと糖度を測り、味を比べる
  6. 15:00DNA の検査病気に強い遺伝子を持つか調べる
  7. 16:30打ち合わせ海外の採種地と種の育ち具合を共有

05

向いている人と入り方・その先

高校のうちは、生物の遺伝の法則と、生物基礎の生態系の単元をしっかり学んでください。遺伝の比を計算するときは、数学の確率も使います。化学は、肥料や食品の成分を理解する助けになります。

大学は、農学部の農学科や園芸学科、植物の生産や応用生物を学ぶ学科などが入り口です。品種づくりの研究を深めるため、大学院の修士課程に進んでから就職する人もいます。

働く場所は、種苗会社のほか、国の研究機関、都道府県の農業試験場や普及指導センター、食品メーカーなどです。都道府県で働くには、公務員の採用試験を受けます。

植物を育てるのが好きな人、毎日の小さな変化を記録し続けられる人に向いています。何年もかけて 1 つの品種を育てる、気の長い仕事です。自分の選んだ品種が、いつか全国の食卓に並ぶかもしれません。

遺伝と生態系の両方を学ぶと、品種づくりの全体が見えてきます。

図解育種家への道(例)

  1. 1高校で学ぶ遺伝の法則・生態系・確率
  2. 2農学部作物・園芸・植物の遺伝を学ぶ
  3. 3大学院品種改良の研究をする人も
  4. 4就職種苗会社・試験場・普及指導など
  5. 5品種をつくる交配と選抜を何年も重ねる

高校生のうちに試せること

  • 種の袋の表示を読み比べる

    ホームセンターや園芸店で、野菜の種の袋の裏を読んでみましょう。「F1」と書かれた種と、そうでない種があります。生産地の欄も見ると、どの国で種がつくられたかが分かります。

  • ミニトマトの花を観察する

    鉢でミニトマトを育て、花が咲いたら、虫眼鏡でおしべとめしべの形をスケッチしましょう。花を軽く揺らすと花粉がこぼれるかを確かめ、花が咲いてから実が赤くなるまでの日数を記録してみてください。

  • 品種登録のデータを調べる

    農林水産省の品種登録ホームページでは、登録された品種の名前や育成者、登録の日などを検索できます。好きな野菜や果物の名前で探し、どんな品種が、いつ登録されたかを調べてみましょう。

    品種登録ホームページ(農林水産省)
  • ハチを使う農家の決まりを読む

    環境省のページで、セイヨウオオマルハナバチを使う農家に求められている対策を読みましょう。なぜその対策が必要なのかを、生態系の保全の考え方で説明してみてください。

    セイヨウオオマルハナバチ飼養等許可申請を行う方(環境省)

「食と農業を支える」に関連するコミュニティ

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よくある質問

品種をつくる仕事には、どの学部がよいですか?

農学部の農学科や園芸学科、植物の遺伝や育種を学べる学科が中心です。理学部の生物学科から進む人もいます。学科の名前は大学ごとに違うので、授業の一覧(シラバス)に「育種」や「遺伝」の授業があるかを確かめてください。

F1 は、遺伝子組換えと同じですか?

違います。F1 は、性質の違う親の系統どうしをかけ合わせてできた雑種第一代です。ほかの生物の遺伝子を組み込む遺伝子組換えとは、つくり方が違います。

遺伝の計算が苦手でも大丈夫ですか?

品種づくりで使う遺伝の考え方は、高校で学ぶ顕性・潜性と、分かれ方の比が出発点です。苦手なときは、1 つの遺伝子の組み合わせを表に書き出すことから始めると、しくみがつかめます。大学では、統計を使ってたくさんの株のデータを分析する方法も学びます。