図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 4
水と環境・安全を守る
水道水や川の水、空気に含まれる物質を測ったり、事件の現場に残った物質を分析したりして、暮らしの安全を守る仕事です。高校の化学で学ぶ酸化還元や電離平衡、有機化合物の知識が、蛇口の水の塩素の管理や、科学捜査の鑑定に使われています。

ひとことで言うと
水道は、毎日休まない健康診断
人の健康診断は 1 年に 1 回ほどですが、水道の水は毎日検査されています。色や濁り、消毒の効き目を測り、異常があればすぐに手を打ちます。測るときの考え方の土台は、高校の化学の反応と平衡です。

01
どんな仕事?: 水・空気・現場の物質を測り、安全を確かめる
水道の水質検査の担当者は、浄水場や水道局の検査室で、川やダムの水が飲める水になるまでを見守ります。国の水道水の水質基準は、2026 年 4 月から 52 項目です。細菌や金属、消毒でできる物質、pH、味やにおいまで、決められた回数で検査します。
環境分析の技術者は、川や海、空気、工場の排水に含まれる物質を測ります。都道府県の警察にある科学捜査研究所の研究員は、事件や事故の現場に残った物質を分析して、捜査を科学の面から支えます。
3 つの仕事に共通するのは、ごくわずかな物質を、決まった方法で正しく測ることです。どの物質がどう反応するかを知らなければ、正しい測り方を選べません。その土台が高校の化学です。
わずかな物質を、決まった方法で正しく測ることが共通の土台です。
図解水と環境・安全を守る 3 つの仕事
水道の水質検査
- 浄水場と蛇口の水を毎日測る
- 消毒の塩素の量を管理する
- 52 項目の基準を確かめる
環境分析
- 川・海・空気の物質を測る
- 工場の排水や排ガスを調べる
- 結果を記録して報告する
科学捜査研究所
- 薬物や毒物を鑑定する
- 油・塗膜・ガラスを調べる
- 捜査を科学の面で支える

02
酸化還元と電離平衡が生きる場面: 蛇口の水に、塩素を 0.1 mg/L
水道の水は、浄水場で塩素を使って消毒されています。水道法の施行規則は、蛇口から出る水に、遊離残留塩素を 1 L あたり 0.1 mg 以上残すよう定めています。家に届くまでの水道管の中でも、消毒の効き目を保つためです。
消毒の主役は、塩素が水と反応してできる次亜塩素酸 HClO です。HClO は強い酸化剤で、細菌などを酸化して働きを止めます。ところが HClO は弱い酸なので、水の中で一部が H⁺ と ClO⁻ に電離します。厚生労働省の資料では、HClO の殺菌の力は、ClO⁻ の約 80 倍とされています。
化学で学ぶ電離平衡を使うと、水の pH によって HClO の割合が変わることを計算できます。下の例のように、pH 7 では約 8 割が HClO ですが、pH 8 では 4 分の 1 ほどまで減ります。同じ量の塩素でも、pH で消毒の効き目が変わるのです。水質基準には、pH を 5.8 以上 8.6 以下とする項目もあります。
ただし、塩素は多ければよいわけではありません。塩素が水の中の有機物と反応すると、トリハロメタンなどの物質ができます。水質基準は、総トリハロメタンを 1 L あたり 0.1 mg 以下と決めています。検査の担当者は、少なすぎず多すぎない量を、毎日の測定で保っています。
電離平衡の計算で、消毒の効き目の変わり方が分かります。
図解pH で変わる次亜塩素酸の割合(計算)
- 1[ClO⁻] ÷ [HClO] = Ka ÷ [H⁺]
- 2pH 7: 3×10⁻⁸ ÷ 1×10⁻⁷ = 0.3 → HClO は 1 ÷ 1.3 ≒ 77%
- 3pH 8: 3×10⁻⁸ ÷ 1×10⁻⁸ = 3 → HClO は 1 ÷ 4 = 25%


03
有機化合物と無機物質が生きる場面: 科学捜査研究所の化学の鑑定
科学捜査研究所(科捜研)は、都道府県の警察にある研究機関です。島根県警察の科捜研には、法医・化学第一・化学第二・物理・人文の 5 つの科があります。研究員は、事件や事故の現場に残った物を、科学の方法で調べて鑑定します。
化学の科が扱う物は、高校の化学の単元と重なります。島根県警察の科捜研では、覚醒剤や大麻などの違法な薬物、一酸化炭素や農薬などの毒物を調べます。火災の現場に残った灯油やガソリン、車の塗膜、窓ガラスなども鑑定の対象です。灯油やガソリンは炭化水素、塗膜は高分子、ガラスは二酸化ケイ素が主な成分です。
鑑定では、ごくわずかな試料から物質を分けて取り出し、分析装置で見分けます。混ざった物を分ける操作や、物質ごとの性質の違いは、高校の化学の最初に学ぶ分離・精製と、有機化合物や無機物質の単元で学びます。教科書で学ぶ物質の性質が、真相に近づく手がかりになります。
研究員になるには、都道府県の警察の採用試験を受けます。例えば鳥取県警察の化学の研究員の募集では、大学で化学系か薬学系の課程を卒業することが条件でした。採用の時期や条件は、都道府県によって異なります。
物質の性質を知っていることが、鑑定の出発点です。


04
浄水場の水質検査の担当者の 1 日(例)
ここでは、自治体の水道局で、浄水場の水質を受け持つ担当者の 1 日の例を紹介します。検査の分担や勤務の形は、水道局によって違います。
朝は、浄水場の水と、町の蛇口の水の検査です。水道法の決まりでは、色と濁り、消毒の残留効果の検査を、1 日 1 回以上行います。川の水の濁りが強い日は、濁りを固めて沈める薬品の量を決めるため、ビーカーで小さな試験をします。
午後は、検査室の分析装置で、金属や有機物などを測ります。測った値は記録し、基準に合っているかを確かめます。大雨などで川の水が変わったときは、予定を変えて検査を増やすこともあります。
毎日の検査と、その日の水に合わせた判断のくり返しです。
図解浄水場の水質検査の担当者の 1 日(例)
- 8:30朝の確認夜間の水質の記録と川の様子を見る
- 9:00毎日の検査色・濁り・残留塩素を測る
- 10:30ジャーテスト濁りを沈める薬品の量を決める
- 12:00昼休み
- 13:00機器の分析金属や有機物の量を測る
- 15:30データの確認基準と比べ、記録を整える
- 17:00引き継ぎ夜の運転の担当に注意点を伝える


05
向いている人と入り方・その先
高校のうちは、化学基礎の酸と塩基、酸化と還元を確実にしてください。化学の電離平衡は、pH と消毒の効き目の関係を理解するのに使います。物質を分ける操作や、有機化合物と無機物質の性質も、分析の仕事の土台です。
大学は、理学部の化学科、工学部の応用化学科や環境・土木の学科、農学部、薬学部などが入り口です。水道局で働くには、自治体の採用試験の技術職の区分を受けるのが一般的です。科捜研の研究員は、都道府県の警察の採用試験を受けます。
資格では、毒物や劇物を扱う店や工場に置く毒物劇物取扱責任者があり、都道府県の試験に合格するとなれます。東京都の試験には「基礎化学」の科目があり、学歴や年齢を問わず受験できます(18 歳未満は責任者になれません)。ほかに、測定の専門家の環境計量士や、工場の公害を防ぐ公害防止管理者などの国家資格もあります。
目に見えない物を数字で確かめることが好きで、決まった手順をていねいに守れる人に向いています。経験を積むと、検査の計画を立てる立場や、水道の施設全体を管理する立場を目指す道があります。
酸と塩基、酸化還元、電離平衡の 3 つが、水と安全の仕事の柱です。
図解水と環境の分析の仕事への道(例)
- 1高校で学ぶ酸と塩基・酸化還元・電離平衡
- 2大学で学ぶ化学・応用化学・環境の学科など
- 3採用試験自治体・警察・分析の会社など
- 4現場で学ぶ毎日の検査と機器の分析
- 5その先検査の計画や施設の管理へ
高校生のうちに試せること
住んでいる町の水道の検査結果を読む
水道局のサイトでは、水質検査の計画や結果を公開していることがあります。家の近くの検査の地点を探し、pH と残留塩素の値を確かめましょう。このページの計算を使って、その pH で次亜塩素酸がおよそ何割になるかを見積もってみてください。
浄水場を見学する
浄水場の見学や、夏休みの施設の公開を行っている水道局があります。川の水の濁りを沈め、ろ過し、消毒して送り出すまでを、実際の設備で見られます。日程や申し込みの方法は、住んでいる地域の水道局のサイトで確かめましょう。
毒物劇物取扱者試験の「基礎化学」を解く
東京都は、毒物劇物取扱者試験の問題と正答を公開しています。試験には基礎化学の科目があり、学歴や年齢を問わず受験できます。化学基礎の知識でどこまで解けるか、まず問題を解いてみましょう。
毒物劇物取扱者試験(東京都保健医療局)雨の pH を測る
雨の日に、清潔なコップで雨水を集め、pH 試験紙で測りましょう。空気中の二酸化炭素が十分に溶けると、雨は pH 5.6 くらいの弱い酸性になるとされています。それより低ければ、ほかの物質も溶けているかもしれません。日を変えて何回か測り、記録してみてください。
「水と環境・安全を守る」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 26 件から探せます。

環境分析化学研究室
新潟大学(新潟県)
理学部 理学科 自然環境科学プログラム・分析化学・松岡 史郎 教授
天然水中の超微量金属元素を測る高感度な現場分析法を開発し、磯焼けの原因も探る。

水質環境学研究室
熊本大学(熊本県)
工学部 土木建築学科・水質環境工学・川越 保徳 教授
微生物を使う水処理や浄水技術、地下水の水質保全を研究する。
環境水質工学研究室
東北大学(宮城県)
工学研究科土木工学専攻ほか(土木系)・環境水質工学

環境物質循環学
岡山大学(岡山県)
工学部 環境・社会基盤系 環境マネジメントコース・環境化学・前田 守弘 教授
土壌や水環境での炭素・窒素の循環を解明し、温暖化や地下水汚染などの対策を研究する。

都市衛生工学分野
京都大学(京都府)
工学研究科都市環境工学専攻・都市衛生工学
環境分析化学
千葉大学(千葉県)
理学部 化学科・環境分析化学・沼子 千弥 准教授
環境や生物に含まれる元素の化学状態や結晶構造を調べ、物質の形成過程を探る。
学生団体・機関はまだ掲載していません
よくある質問
水道局で働くには、化学の学科を出ていないといけませんか?
水道局の技術職には、化学のほか、土木や電気、機械などの区分があります。水質の検査を受け持つ人を、化学などの区分で採用している自治体もあります。区分や配属は自治体によって異なるので、採用試験の案内で確かめてください。
科捜研の化学の研究員には、どの学部から進めますか?
鳥取県警察の募集では、大学で化学系か薬学系の課程を卒業することが条件でした。法医や物理など、ほかの分野の研究員もいます。募集の人数は 1 人など少ないことが多いので、気になる都道府県の警察の採用のページを、早めに確かめてください。
分析の仕事は、機械が全部やってくれるのではないですか?
測定は装置が行いますが、どの方法で測るか、試料をどう準備するか、出た値が正しいかを判断するのは人です。試料から物質を取り出す操作や、標準の液との比べ方には、化学の知識が欠かせません。
