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図 4 この科目が生きる大学の学問この科目が生きる大学の学問 1

文学(日本文学・日本語学)

読み方が今も分かれる『古事記』の最初の 6 字、本によって結末が違う『銀河鉄道の夜』、係り結びの表を作った江戸時代の医者。文学部では、高校の国語で学ぶ古文のきまりや、本文を丁寧に読み比べる力が、そのまま研究の道具になります。

大学の研究室の大きな机で、和綴じの古い本を何冊も並べて見比べる学生、星空の写真と古い原稿の束を見比べる学生、表に線を引いて文の終わりの形を確かめる学生たち

ひとことで言うと

同じ曲の、ライブ版とスタジオ版を聴き比べる

好きな曲でも、ライブ版とスタジオ版では、歌詞やアレンジが少し違うことがあります。聴き比べると、作った人がどこを大事にしたのかが見えてきます。文学の研究も、写本や版ごとの違いを比べ、昔の言葉のきまりを確かめながら、作品を元の形に近づけて読みます。

01

古典を読む → 講読: 『古事記』の最初の 6 字は、読み方が分かれる

『古事記』は、712 年にまとめられた、日本で最も古い歴史書です。文章はすべて漢字で書かれています。神話の部分は「天地初発之時」という 6 字から始まります。

この 6 字をどう読むかは、昔から意見が分かれてきました。中世の写本には「ひらけし」「ひらくる」という読みが付いていて、天と地が開けたときと読んでいます。江戸時代の本居宣長(もとおり・のりなが)は「初発」の 2 字を「はじめ」と読み、「あめつちのはじめのとき」としました。今の注釈書には「はじめておこりし」「あらはる」と読むものもあります。

國學院大學の『古事記』の注釈は、「初発」の読み方は今も定まっていないと書いています。注釈書を何冊も開いて読み比べ、どの読み方に根拠があるかを考えるのが、大学の古典の講読です。その手がかりになるのが、高校の古典探究で学ぶ文語のきまりと、漢文の訓読のきまりです。

宣長は、伊勢の松坂(今の三重県松阪市)で医者として働きながら、『古事記』を 1 語ずつ読み解きました。1764 年に研究を始め、全 44 巻の注釈書『古事記伝』を書き終えたのは 1798 年、69 歳のときです。35 年ほどをかけたこの本は、今も『古事記』の研究に欠かせない本とされています。

注釈書を読み比べると、1 語の読み方にも研究の歴史が見えてきます。

図解「天地初発之時」の読み方

中世の写本

  • 「ひらけし」「ひらくる」
  • 天と地が開けた時と読む
  • 序文の「天地開闢」と合う

本居宣長

  • 「初発」を「はじめ」と読む
  • あめつちのはじめのとき
  • 中国の考え方を持ち込まない

今の注釈書

  • 「はじめておこりし」
  • 「あらはる」と読むものも
  • 今も読み方は定まらない
ガラスケースの中に、青い表紙の和綴じの本が何十冊も並べられ、右上の 1 冊だけ本文のページが開かれている
本居宣長記念館(三重県松阪市)に展示された『古事記伝』。全 44 巻の注釈書で、すべての巻の刊行が終わったのは、宣長が亡くなったあとの 1822 年でした。写真: Yanajin33(CC BY-SA 3.0・Wikimedia Commons)

02

本文を比べる → 近代文学: 『銀河鉄道の夜』は、本によって結末が違う

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、賢治が生きているうちには発表されませんでした。最初の原稿は 1924 年ごろに書かれ、賢治が亡くなる 1933 年まで、何度も書き直されています。原稿は第一次稿から第四次稿まで残っていて、どれを本文にするかが、研究の大きな問題になってきました。

著作権の切れた作品を公開している青空文庫には、2 つの『銀河鉄道の夜』があります。1969 年改版の角川文庫版では、物語の終わり近くにブルカニロ博士が現れ、「私はたいへんいい実験をした」と語ります。旅は博士の実験だった、という形です。1989 年の新潮文庫版には、博士は出てきません。角川文庫版には「この間原稿五枚分なし」という注もあり、原稿の一部が失われていることまで分かります。

違いは 1 語にも表れます。白い十字架が見えた場面で、乗客たちは「ハルレヤ、ハルレヤ」と声を上げます。昔の全集では、これが「ハレルヤ」の書き誤りとされ、直されたことがありました。ところが原稿を調べると、賢治は一度「ハレ」と書きかけてから「ハルレヤ」に改めていました。わざと選んだ言葉だったのです。

1973 年から 1977 年に出た『校本宮澤賢治全集』は、残された原稿を 1 枚ずつ調べ、書き直しの跡まで示しました。今の全集では、博士が出てくる形を「初期形」として、最後の形とは別に収めています。高校の文学国語で考える「解釈の多様性」は、どの本文で読むかから始まるのです。

どの本文で読むかを確かめることが、作品を読む第一歩です。

図解2 つの文庫本の『銀河鉄道の夜』

角川文庫(1969 年)

  • ブルカニロ博士が現れる
  • 旅は博士の「実験」だった
  • 乗客の声は「ハレルヤ」

新潮文庫(1989 年)

  • 博士は出てこない
  • 旅はジョバンニ自身の夢
  • 原稿どおり「ハルレヤ」
黒い夜空を斜めに横切る、細かな星の集まりと暗い筋が入りまじった天の川
富山県の薬師岳から見た、天の川といて座のあたり。『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカムパネルラは、天の川に沿って走る汽車で旅をします。写真: Alpsdake(CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons)

03

文法を知る → 日本語学: 係り結びの表は、250 年あまり前に作られた

高校の古典で、「ぞ・なむ・や・か」で係ると連体形、「こそ」で係ると已然形で結ぶ、と習う係り結び。このきまりを 1 枚の表にまとめたのも、本居宣長です。1771 年の『てにをは紐鏡(ひもかがみ)』で、係りの言葉を 3 つの組に分け、それぞれに合う結びの形を 43 段にわたって並べました。

宣長は 8 年後の 1779 年、『詞玉緒(ことばのたまのお)』を書き上げます。平安時代から鎌倉時代の初めの勅撰和歌集(八代集)を中心に、たくさんの歌から例を集め、表のきまりが本当に成り立つかを確かめた本です。きまりを先に決めるのではなく、実際の用例からきまりを見つけ出す。この方法は、今の日本語学にも受け継がれています。

宣長は小児科の医者として働きながら、自宅の書斎「鈴屋(すずのや)」で研究を続け、門人たちに講義もしました。『古事記』の注釈と係り結びの研究は、同じ時期に並んで進められていたのです。

高校の古典探究の学習指導要領も、係り結びや敬語の用法などについて理解を深めることを求めています。高校で覚える文法の表の裏には、和歌を 1 首ずつ確かめた研究の積み重ねがあります。大学の日本語学では、昔の言葉にも今の言葉にも、この方法で向き合います。

高校で覚える文法のきまりも、たくさんの用例から見つけ出されたものです。

図解本居宣長の研究の歩み

  1. 11764 年『古事記』の研究を始める
  2. 21771 年係り結びを表にした『てにをは紐鏡』
  3. 31779 年和歌の用例で確かめた『詞玉緒』
  4. 41798 年『古事記伝』全 44 巻を書き終える
木々に囲まれた石畳の小道に面して建つ、格子戸と瓦屋根の古い 2 階建ての町家
本居宣長が暮らした家「鈴屋」(三重県松阪市)。今は松阪城跡に移され、本居宣長記念館が管理して公開しています。写真: Yanajin33(CC BY-SA 3.0・Wikimedia Commons)

04

文学に進むなら: 高校でつけておきたい国語の力

日本文学・日本語学の専攻では、多くの大学で講読とゼミが授業の中心になります。講読では、1 つの作品を注釈書や辞書を引きながら少しずつ読みます。ゼミでは、先生や仲間と読みを話し合います。卒業論文では、自分で選んだ作品や言葉について、根拠を示して論じます(内容は大学によって異なります)。

高校のうちにつけておきたい力は 3 つです。1 つ目は、古典探究で学ぶ助動詞・敬語・係り結びなどの文語のきまりです。2 つ目は、同じ場面を現代語訳や注釈と見比べながら読む力です。3 つ目は、気づいた違いを、本文の言葉を引いて短く書く力です。論理国語で練習する引用や要約が、そのまま役立ちます。

文学・日本語学を学んだ人は、国語の先生、出版社の編集者や校閲者、図書館の司書などとして、言葉を正確に扱う仕事に就いています。研究を続けて、写本や原稿を調べる研究者になる人もいます。

文学の面白さは、何百年も前の 1 語や、作家が書き直した 1 行から、新しい読み方が生まれることです。古典・近代文学・日本語学など、大学の文学の分野は、このサイトの大学の学問「文学」のページで紹介しています。

文語のきまり・読み比べる力・引用して書く力が、文学研究の土台です。

クイズ国語と文学のクイズ

答えを選ぶと、正解と解説が表示されます。

  1. Q1本居宣長が『古事記伝』を書き上げるまでに、かかった年数はおよそ?

  2. Q2『銀河鉄道の夜』の角川文庫版(1969 年改版)にあって、新潮文庫版(1989 年)にない人物は?

  3. Q3高校で習う係り結び。江戸時代に、そのきまりを 1 枚の表にまとめた人は?

0 / 3 問に回答

高校生のうちに試せること

  • 2 つの『銀河鉄道の夜』を読み比べる

    青空文庫には、新潮文庫版と角川文庫版の『銀河鉄道の夜』があり、2 つの違いをまとめた比較表も公開されています。表を見ながら、物語の終わりの場面を 2 つの版で読み比べましょう。

    青空文庫「銀河鉄道の夜」比較
  • 『古事記』の冒頭を注釈つきで読む

    國學院大學の古事記ビューアーでは、『古事記』の本文・訓読文・現代語訳・注釈を切りかえて読めます。冒頭の「天地初発」の注釈を開き、読み方の説がいくつ挙がっているか数えましょう。

    國學院大學 古事記ビューアー「天地初発」
  • 教科書の古文で係り結びを探す

    古典の教科書から、「ぞ」と「こそ」の入った文を 5 つずつ探し、文の終わりの形を書き出しましょう。宣長と同じように、用例を集めてきまりを確かめる練習になります。

  • 本居宣長記念館を訪ねる

    三重県松阪市の本居宣長記念館は、宣長の旧宅「鈴屋」を管理して公開しています。開館日や見学の方法は、公式サイトで確かめてください。

    本居宣長記念館

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よくある質問

古文が苦手でも、日本文学や日本語学を学べますか?

学べます。多くの大学では、1・2 年生のうちに古典の読み方を基礎から学ぶ授業があります。近代の小説や今の日本語を中心に研究する道もあります。高校のうちに助動詞と敬語を見直しておくと、講読の授業に入りやすくなります。

同じ作品なのに、本によって文章が違うのはなぜですか?

昔の作品は、手で書き写されるうちに少しずつ違いが生まれました。近代の作品でも、作家が書き直したり、作家が亡くなったあとに原稿から本文が作られたりします。『銀河鉄道の夜』のように、どの原稿を元にするかで結末まで変わる作品もあります。

日本語学では、どんなことを研究しますか?

発音・文法・言葉の意味・敬語・方言と、それらが時代とともにどう変わってきたかを調べます。宣長が和歌から係り結びの用例を集めたように、実際の文章や会話から例を集めて、きまりを確かめるのが基本の方法です。