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図 1 世界史の広がり世界史の広がり 2

交流と再編

イスラームの広がり、モンゴル帝国、アジアの海の交易、宗教改革と啓蒙思想を学ぶ分野です。ユーラシアの地域どうしが、強く結び付いていく時代です。人と一緒に、数字の 0 や胡椒、印刷された本も遠くへ運ばれました。

砂漠を進むラクダの隊商、草原の宿場で馬を乗り換える使者、香辛料の袋を積んだ帆船、刷り上がった紙を手にする人々を、地図の上でたどる大学生

ひとことで言うと

宅配便の網の目ができると

宅配便の配送網が全国に広がると、遠くの名産品が次の日に届き、新しい商売も生まれます。世界史でも、ユーラシアの陸と海に道と港の網の目ができると、物だけでなく、数字や暦、宗教や考え方までが行き来するようになりました。

01

イスラームの広がり: 「アラビア数字」は、インドで生まれた

世界史探究の「諸地域の交流・再編」では、イスラームの広がり、モンゴル帝国、アジアの海の交易、宗教改革や啓蒙思想を学びます。解説は、アフリカやアジアにイスラームが広がるとき、ムスリムの商人が大きな役割を果たしたことにも触れるよう求めています。

私たちが毎日使う 0〜9 の数字は「アラビア数字」と呼ばれますが、生まれたのはインドです。0 を使った位取りの書き方と、その計算の方法を確立したのはインドの人々でした。7 世紀のブラフマグプタは 0 の計算の決まりも扱っています。ただし彼は、0 ÷ 0 を 0 としていました。

9 世紀、アッバース朝の都バグダードで活躍したフワーリズミーは、インド式の数字を使う計算の本を書きました。この本がラテン語に訳されてヨーロッパに広まり、インドの数字は「アラビア数字」と呼ばれるようになります。彼の名前は計算の手順を表す「アルゴリズム」の語源に、もう一つの本の題の一部は「代数(algebra)」の語源になりました。

日本の辞書は、この言葉の早い例として、明治 11 年(1878 年)の新聞記事を載せています。帳簿の金額はすべてアラビア数字で書くように、という記事です。インドからバグダード、ヨーロッパを回り、数字は 1000 年以上かけて日本の教室に届いたのです。

数字のような身近な道具も、地域から地域へ受け継がれて今の形になりました。

図解数字が日本に届くまで

  1. 1インド7 世紀、0 の計算の決まりが扱われる
  2. 2バグダード9 世紀、フワーリズミーが本に書く
  3. 3ヨーロッパ本がラテン語に訳されて広まる
  4. 4日本明治の新聞に「亜剌比亜数字」
古い紙の写本を見開きにしたページ。細かな文字の行が並び、下の方に赤い線で四角い図が描かれている
フワーリズミーの代数の本の写本(1342 年に書き写されたもの、イギリス・オックスフォード大学ボドリアン図書館)。2 次方程式の解き方を、四角形の図で説明しています。写真: al-Khwarizmi(Public domain・Wikimedia Commons)

02

モンゴル帝国: 馬を乗り継ぐ駅伝「ジャムチ」と、通行証の「パイザ」

13 世紀、モンゴルは朝鮮半島からロシアの平原までの広い地域を支配しました。解説によると、元が南宋を滅ぼしたあとは海の交易の網の目も手に入れ、ユーラシアを陸と海で結ぶ交通と交易のしくみをつくり上げました。

その土台が、ジャムチと呼ばれる駅伝の制度です。jam はモンゴル語で道を意味します。オゴタイ・ハンの治世の初め(1229 年)に整えられ、駅には車や馬、宿や食べ物が用意されました。使者や役人は、駅で馬を乗り継ぎながら旅をしたのです。

駅には馬のほか、荷物を運ぶ牛の駅や船の駅、地域によっては犬の駅もありました。駅を使うには、パイザ(牌子)と呼ばれる札などの証明書が必要です。今のパスポートと乗車券を合わせたような役目を果たしていました。

こうした道を通って、ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロも元に来たとされます。彼が語った旅の話は『東方見聞録』として知られ、日本は「ジパング」の名で、黄金の島としてヨーロッパに紹介されました。英語の Japan も、この呼び名から来たとされています。

道と宿のしくみが整うと、人だけでなく、情報や物も遠くまで動くようになります。

図解ジャムチの駅と通行証

ジャムチ
  • 馬の駅使者が馬を乗り継ぐ
  • 牛の駅重い荷物を運ぶ
  • 船の駅川や水の道をつなぐ
  • 犬の駅地域によっては犬も使う
  • パイザ駅を使うための札
上につり下げ用の輪が付いた、丸い鉄の札。表面に銀で縦長の文字が何行かはめこまれている
元の時代(13 世紀後半)のパイザ(アメリカ・ニューヨーク、メトロポリタン美術館)。鉄に銀をはめこんだ高さ約 18 cm の札で、モンゴル語がパスパ文字で記されています。写真: 作者不詳(CC0・Wikimedia Commons)

03

アジアの海の交易: 胡椒の「胡」は、西から来たしるし

胡椒の原産地は、インド南部の西側の海岸です。古くから東西の交易の大切な商品で、ヨーロッパでも中国でも珍重されました。「胡」は、古代の中国で北や西の異民族を指した字です。インドの胡椒が中央アジアの通商路を通って中国に入ったため、「胡の椒」と呼ばれるようになったとされます。

ギリシア・ローマの時代には、インド洋の風を使って、インド南部の胡椒が西へ運ばれました。中世にはアラブの商人が主に扱いました。15 世紀の終わりに新しい航路が開かれると、東南アジアのマラッカなどの港が中継地として栄えます。解説も、16 世紀の東南アジアが、ポルトガルなどと競いながら香辛料の貿易で栄えたことを扱うとしています。

明の時代には、鄭和が 1405 年から 1433 年までに 7 回、大艦隊を率いて南の海へ出ました。第 1 回は大船 62 隻、兵員 2 万 7800 人あまりという規模で、艦隊の一部はアラビア半島やアフリカの東岸にまで達しています。この航海の評価は、今も二つに分かれています。

このころ、アフリカのキリンが明の宮廷に届きました。1414 年にベンガルの使いが贈ったもので、宮廷では、伝説の生き物「麒麟」になぞらえたと考えられています。日本語でキリンを「麒麟」と書くのと同じ字です。

1 つの香辛料や動物の旅をたどると、海でつながったアジアとアフリカが見えてきます。

図解鄭和の航海の 2 つの見方

厳しい見方

  • 莫大な費用がかかった
  • 珍しい宝を持ち帰っただけ
  • 国内の経済を苦しめた

評価する見方

  • 朝貢の貿易が盛んになった
  • 蘇州の絹織物を刺激した
  • 景徳鎮の焼き物を刺激した
淡い色の絹地に描かれた、首の長いキリンと、その手綱を引く赤い服の人物
1414 年に明の宮廷へ贈られたキリンを描いたと伝わる絵(アメリカ、フィラデルフィア美術館)。明の宮廷に仕えた沈度の作と伝えられてきましたが、のちの時代の作とする見方もあります。写真: 伝 沈度(Public domain・Wikimedia Commons)

04

宗教改革と啓蒙思想: 印刷が、ルターの言葉を一気に広げた

1517 年、ドイツのヴィッテンベルクで、ルターは「95 か条の論題」を示したとされます。ユネスコの世界遺産の説明は、これが宗教改革を始め、西洋の宗教と政治の歴史に新しい時代を開いたとしています。解説によると、宗教改革は、国が信仰を管理するしくみにもつながりました。

ルターの考えを広げたのが、15 世紀に広まった活版印刷です。1522 年 9 月、ルターがギリシア語の原典からドイツ語に訳した新約聖書が出版されました。ルターはこの翻訳を、ヴァルトブルク城でわずか 11 週間で仕上げています。この本は 2015 年、ルターの初期の著作など 14 点の一つとして、ユネスコの「世界の記憶」に選ばれました。

印刷された本と、人々がふだん話す言葉が結び付くと、考えは速く遠くへ届くようになります。18 世紀には、理性を重んじる啓蒙思想が広まりました。ディドロとダランベールが編集した『百科全書』(1751〜72 年)は、本文 17 巻、図版 11 巻の大きな本です。啓蒙思想を広める役目を果たしました。

解説は、科学革命が、国際法や社会契約論などにも関わっていることに気付くよう求めています。啓蒙思想は、古いしきたりや偏見を打ち破る社会の変化にもつながりました。次の「結び付く世界」で学ぶ革命の時代への橋渡しです。

新しい考えが広がるときは、それを運ぶ技術と言葉にも目を向けます。

図解考えが印刷で広がる

  1. 11517 年ルターが 95 か条の論題を示す
  2. 21522 年ドイツ語訳の新約聖書が出る
  3. 31751 年〜『百科全書』の刊行が始まる
  4. 418 世紀啓蒙思想が各地に広がる

05

資料で考える: 『東方見聞録』は、だれが書いた本?

旅行記は、遠くの地域を知る大切な資料です。ただし読むときには、だれが、いつ、どのように書いたかを確かめます。『東方見聞録』は、マルコ・ポーロ本人が書いた本ではありません。1298〜99 年、ジェノヴァの牢獄で、同じく捕らわれていた物語作家ルスティケッロに語って書き取らせたとされます。もとの本は失われ、もとの題名も分かっていません。

ここから問いが立てられます。たとえば「ジパングの黄金の話は、自分の目で見たことなのか、人から聞いた話なのか」。本の中で日本は、中国の東 1500 海里にある黄金の島として紹介されています。ほかの資料と比べ、根拠を集めて確かめるのが、歴史を考える練習です。

つまずきやすいのは、地域ごとに年号と名前を覚えて終わりにすることです。同じ 13 世紀にモンゴルの道を旅したのはだれか。同じ 15 世紀の初めに、鄭和の艦隊はどの港を結んだか。このように、地域を横につないで考えるのがコツです。地図帳を開き、人や物が動いた道を指でたどってみてください。

大学では、東洋史や西洋史、イスラーム史、科学史などで、この続きを学びます。多くの大学では、アラビア語やペルシア語、漢文などで書かれた資料を読む授業もあります。言葉を一つ身につけると、読める世界が大きく広がります。

クイズ交流と再編クイズ

本文を思い出しながら答えてください。

  1. Q1インドで生まれた数字が「アラビア数字」と呼ばれるようになった主なわけは?

  2. Q2モンゴル帝国の駅伝「ジャムチ」で、地域によって馬の代わりに使われた動物は?

  3. Q3胡椒の「胡」は、もともと何を表す字?

0 / 3 問に回答

高校生のうちに試せること

  • 台所のスパイスの来た道を地図にする

    家にある胡椒やシナモンなどの香辛料を並べ、それぞれの原産地を百科事典で調べて、世界地図に印をつけましょう。どの港を通ってヨーロッパや日本に運ばれたのかを線で結ぶと、アジアの海の交易路が浮かび上がります。

  • 『東方見聞録』のジパングの章を読む

    図書館で平凡社の東洋文庫などの日本語訳を借り、ジパングの章を読みましょう。「見たこと」と「聞いた話」と思える部分を色分けすると、旅行記を資料として読む練習になります。

  • 「胡」の字が付く言葉を集める

    国語辞典で「胡」の字が付く言葉(胡椒・胡麻など)を集め、それぞれの由来を調べましょう。ふだん使う言葉の中に、シルクロードの交流の跡が見つかります。

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よくある質問

ヨーロッパ中心の世界史とは違うのですか?

世界史探究では、ヨーロッパだけでなく、イスラームの世界やモンゴル、アジアの海の交易を通して、地域どうしのつながりを学びます。学習指導要領の解説も、イスラームの文明がヨーロッパの文明に大きな影響を与えたことに触れるよう求めています。

旅行記や年代記に書かれていることは、全部本当ですか?

全部が本当とは限りません。書いた人の立場や、自分で見たことか人から聞いたことかによって、内容の確かさが変わります。複数の資料を比べ、根拠を確かめながら読むことが大切です。