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図 1 文学の広がり文学の広がり 3

古典を読み継ぐ

1000 年前の物語や 2,700 年ほど前の叙事詩を、いまの私たちが読めるのはなぜでしょう。手で書き写された写本や昔の版本を読み解き、元の文章を確かめ、新しい言葉に訳して次の時代へ手渡す分野です。

和綴じの本や巻物、羊皮紙の写本を広げた研究室で、虫めがねで写本を見比べたり、スマートフォンでくずし字を読み取ったりする大学生たち

ひとことで言うと

伝言ゲームで、最初の言葉を当てる

伝言ゲームでは、人から人へ伝わるうちに言葉が少しずつ変わっていきます。古典も、何百年も手で書き写されるうちに、写本ごとに少しずつ違いが生まれました。残った写本を並べて比べ、最初の形に近づけていくのが、古典の研究の大事な仕事です。

01

写本と版本: 手で写して、1000 年を越えた

印刷が広まる前、本は人の手で書き写して増やしました。これを写本と呼びます。『源氏物語』も、紫式部が書いた原稿は残っていません。いま私たちが読めるのは、何百年ものあいだ写し継がれてきた写本のおかげです。

江戸時代になると、印刷した本(版本)が広まりました。17 世紀の初めには、京都の嵯峨で木の活字を使った美しい本が作られ、『伊勢物語』や『徒然草』も刷られています。本が刷られて数が増えたことで、古典はより多くの人に読まれるようになりました。

昔の本は、くずし字や、いまは使われない形の仮名で書かれています。読めるようになるには練習が必要ですが、助けになる道具も増えました。2021 年に公開された AI のアプリ「みを」は、スマートフォンのカメラでくずし字を撮ると、いまの文字に変換してくれます。国文学研究資料館の「国書データベース」では、2026 年 6 月末の時点で 33 万タイトルの古典籍などの画像を、だれでも無料で見られます。

古典が千年を越えて残ったのは、書き写し、刷り直してきた人たちがいたからです。

図解『源氏物語』が私たちに届くまで

  1. 1紫式部が書く11 世紀の初め、宮廷で読まれる
  2. 2写本で広がる人の手で写すたびに、違いが生まれる
  3. 3定家が整える鎌倉時代の初め、写本を比べて本文を整える
  4. 4版本で広まる江戸時代、印刷した本で多くの人へ
  5. 5注釈書・電子版注や現代語訳つきの本、電子書籍で読む
黄ばんだ和紙の本が見開きで置かれ、流れるような仮名と漢字が縦書きで刷られている
江戸時代の初めに京都の嵯峨で刷られた『徒然草』(嵯峨本、東洋文庫所蔵)。おもに木の活字を使って刷られた、美しい本として知られます。写真: Underbar dk(CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons)

02

本文の研究: どれが元の文章?

写本は、写すたびに書き間違いや書き落とし、ときには書き足しが生まれます。そのため、同じ作品でも写本によって文章が少しずつ違います。『枕草子』の場合、大きく 4 つの系統の本が伝わっていて、系統によって段の並び方や内容が大きく異なります。

鎌倉時代の初め、歌人の藤原定家は、手に入る『源氏物語』の写本を比べて、より正しいと考えた本文を整えました。表紙が藍色だったことから、この本は「青表紙本」と呼ばれます。定家の手で整えられた本は、長いあいだ 4 帖しか見つかっていませんでした。ところが 2019 年 10 月、江戸時代の大名家に伝わっていた「若紫」の帖が見つかり、新聞の一面で報じられました。

写本を比べて元の形に近い文章を決める研究を、本文研究(本文批判)と呼びます。写本を一字ずつ見比べ、写された時代や写本どうしの関係を調べていきます。古典の文庫本の最初にある「凡例」には、どの写本をもとにしたか(底本)が書かれています。教科書や文庫で読む古典も、こうした研究の積み重ねの上にあります。

教科書の古典の一文にも、写本を比べてきた研究の積み重ねがあります。

図解写本どうしを比べる

入力3 つの写本で、同じ場面の 1 語だけが違っている
  1. 1文字の形を拡大して見比べる
  2. 2写された時代と、写本どうしの関係を調べる
  3. 3前後の文や、同じ時代のほかの作品の使い方と照らし合わせる
結果元の形に近い本文を決め、違いは注に書き残す
題を書いた細い紙が貼られた和綴じの本の表紙と、くずし字で書かれた本文のページの白黒写真
藤原定家のもとで写されたと考えられる『源氏物語』「花散里」の帖(白黒写真)。それまで知られていた 4 帖の一つです。写真: 川瀬一馬(Public domain・Wikimedia Commons)

03

ギリシア・ラテン古典: 2,700 年前の物語が、いまの言葉に

ヨーロッパの文学の出発点とされるのが、古代ギリシアのホメロス作と伝えられる叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』です。紀元前 8 世紀ごろにできたと考えられています。『オデュッセイア』は、トロイア戦争に勝った英雄オデュッセウスが、故郷に帰るまでの 10 年あまりの旅を描いています。

英語の odyssey(オデッセイ)は、ここから「長い冒険の旅」という意味で使われています。木馬に兵士を隠して城に入り込む「トロイアの木馬」の話も、『オデュッセイア』の中で語られます。役に立つプログラムのふりをして入り込む、コンピュータのトロイの木馬という名前も、この物語から来ています。

西洋古典学では、古代ギリシア語やラテン語を学び、原典を読みます。写真の『イリアス』の写本は 10 世紀に書き写されたもので、余白には昔の学者たちの注釈が細かく書き込まれています。古代から、人々は写本の違いを比べ、正しい本文を考えてきました。日本でも、京都大学学術出版会の「西洋古典叢書」のように、原典から日本語に訳した本が出版されています。

2,700 年前の物語の言葉が、いまの英語やコンピュータの用語にも生きています。

図解ホメロスの 2 つの叙事詩

イリアス

  • トロイア戦争の終わり近くの物語
  • 英雄アキレウスの怒りが中心

オデュッセイア

  • 戦争のあとの帰り道の物語
  • オデュッセウスの 10 年あまりの旅
茶色く変色した羊皮紙のページに、ギリシア文字の本文が並び、そのまわりの余白にも小さな字がびっしり書き込まれている
10 世紀に書き写された『イリアス』の写本(ベネチアのマルチャーナ図書館所蔵)。本文のまわりに、昔の学者たちの注釈が書き込まれています。写真: 作者不詳(Public domain・Wikimedia Commons)

04

翻訳と翻案: 古典は形を変えて読み継がれる

古典は、新しい作品の材料にもなってきました。芥川龍之介の小説『羅生門』(1915 年)は、平安時代の終わりごろにできた説話集『今昔物語集』巻 29 の話をもとに書かれています。高校 1 年の国語の教科書で出会う人も多い作品です。

外国語への翻訳は、古典を新しい読者に届けます。イギリスのアーサー・ウェイリーは、1925〜1933 年に『源氏物語』の英訳を出版しました。この英訳は、作品の価値を世界に知らせたことで知られます。日本語でも、与謝野晶子をはじめ、多くの作家が『源氏物語』の現代語訳を手がけてきました。

日本学術会議の参照基準も、古典を翻訳や翻案の形で自分たちの文化に移すことが、新しい言葉と文学を生む力になると述べています。『竹取物語』をもとにしたアニメ映画『かぐや姫の物語』(2013 年)のように、古典を知っていると、映画やマンガの楽しみ方も広がります。

クイズ古典を読み継ぐクイズ

本文を思い出しながら答えてください。

  1. Q1紫式部が自分で書いた『源氏物語』の原稿は、いまも残っている?

  2. Q2芥川龍之介の小説『羅生門』のもとになった作品は?

  3. Q3英語の odyssey が「長い冒険の旅」の意味になった、もとの作品は?

0 / 3 問に回答

高校生のうちに試せること

  • アプリ「みを」でくずし字を読む

    国書データベースなどで見つけた昔の本のページを、アプリ「みを」で読み取ってみましょう。読み取った文字と元のページを見比べると、くずし字の形が少しずつ覚えられます。

    AI くずし字認識アプリ「みを」
  • 教科書の古典を、昔の本で探す

    国書データベースで『竹取物語』や『徒然草』を検索し、江戸時代の版本の画像を開いてみましょう。教科書と同じ場面を探すと、挿絵や文字の違いに気づきます。

    国文学研究資料館「国書データベース」
  • 現代語訳を 2 種類読み比べる

    図書館で『源氏物語』や『竹取物語』の現代語訳を 2 種類借りて、同じ場面を読み比べてみましょう。訳した人によって、言葉の選び方や登場人物の印象が変わります。

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よくある質問

くずし字は、大学に入ってから覚えても間に合いますか?

間に合います。多くの大学では、書誌学や古典文学の演習の授業で、くずし字の読み方を基礎から学びます。高校のうちは、古文の文法と単語をしっかり身につけておくと、くずし字の文章の意味も取りやすくなります。

ギリシア語やラテン語は、どの大学で学べますか?

西洋古典学の専攻を置く大学や、文学部の授業として古典語を開いている大学があります。数は多くないので、志望する大学のカリキュラムやシラバスで、古典ギリシア語・ラテン語の授業があるか確かめてください。