図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 3
IT・データ分析
データから好みや傾向を読み取ってサービスを良くしたり、どんな場合でも正しく動くソフトウェアを設計したりする仕事です。線形代数や確率、証明で鍛えた筋道立てて考える力が、そのまま仕事の武器になります。

ひとことで言うと
好みが似ている友だちに、次の 1 曲を聞く
新しい曲を探すとき、好みが似ている友だちが最近気に入っている曲を聞いてみることがあります。動画や音楽のアプリの「おすすめ」にも、似た好みの人を探すという同じ考え方があります。データの仕事は、こうした身近な判断を、数学とコンピュータで何百万人分も行うものです。

01
どんな仕事?: データサイエンティストとシステムエンジニア
データサイエンティストは、売上や利用の記録などのデータを分析し、サービスや商品を良くする手がかりを見つけます。統計や機械学習を使って予測のしくみをつくり、分かったことを図と言葉で伝えます。
システムエンジニアは、お客さんや社内の要望を聞き取り、ソフトウェアやシステムが何をするべきか(仕様)を決めて設計します。完成したら、どんな場合でも正しく動くかを確かめます。
日本学術会議の参照基準によると、半世紀ほど前まで、数学を学んだ人の仕事は、研究者や先生を除けば保険・金融が中心でした。コンピュータの発達とともに、情報通信のエンジニアなど、数学を学んだ人が必要とされる分野は大きく広がっています。
どちらの仕事も、数学で鍛えた「筋道立てて考える力」が土台です。
図解2 つの仕事と数学の関係
データサイエンティスト
- 記録を分析して傾向を見つける
- 確率・統計で予測する
- 線形代数でおすすめを計算する
システムエンジニア
- 要望を聞いて仕様を決める
- 設計に抜けがないかを確かめる
- 証明のように手順の正しさを詰める

02
線形代数が生きる場面: 「おすすめ」を計算する
動画や音楽、ネット通販のアプリには「あなたへのおすすめ」が並びます。その考え方の 1 つが、好みの似た人を探し、その人が気に入ったものをすすめる方法です。好みの近さは、大学 1 年で学ぶ線形代数のベクトルで計算できます。
たとえば 3 本の映画に、5 点満点で点をつけたとします。あなたは (5, 1, 4)、A さんは (4, 1, 5)、B さんは (1, 5, 2) でした。対応する数どうしをかけて足す計算を「内積」といいます。A さんとの内積は 5×4+1×1+4×5=41、B さんとは 5×1+1×5+4×2=18 です。値の大きい A さんの方が、好みが近いと分かります。
実際には、ベクトルの長さで割ってから比べることがよくあります(コサイン類似度)。この例では A さんが約 0.98、B さんが約 0.51 で、1 に近いほど好みが似ています。利用者が何百万人もいるときは、巨大な表(行列)を小さな表に分けて、隠れた好みの傾向を取り出す方法もあります。どれも線形代数の考え方です。
表の数をベクトルとみなすだけで、好みの近さが計算できるようになります。
図解おすすめを計算する(例)
- 11 人分の点数を、数の並び(ベクトル)にする
- 2内積を計算して、好みの近さを比べる
- 3好みの近い人が高い点をつけた作品を集める
- 4まだ見ていない作品を、点数の順に並べる

03
証明する力が生きる場面: 「どんな場合も正しい」を詰める
数学の証明では、「たいていの場合に成り立つ」ではなく、「どんな場合にも成り立つ」ことを示します。ソフトウェアの設計でも、この考え方が役に立ちます。データが 0 件のとき、1 件のとき、とても多いときにも正しく動くかを、漏れなく考えるのです。
有名な例があります。並んだデータから目当ての値を探す二分探索では、探す範囲の真ん中の位置を「(左端 + 右端) ÷ 2」で求めます。2006 年、アメリカのエンジニアのジョシュア・ブロックが、ある公表をしました。自分が Java という言語のために書いた二分探索に、この計算のまちがいがあったのです。
データが 10 億件ほどになると、たし算の答えが、コンピュータで扱える整数の上限をこえてしまうのです。このまちがいは、9 年ほど気づかれませんでした。1986 年の名著『Programming Pearls』で正しさが証明されていた二分探索にも、同じまちがいがありました。
その証明は、整数をいくらでも大きくできるという前提に立っていました。前提(仕様)まで疑って詰める力は、数学で証明を書く練習の中でこそ身につきます。
「いつでも正しいか」を疑う力が、大きな事故を防ぎます。


04
おすすめのしくみを受け持つ人の 1 日(例)
ここでは、Web サービスの会社で、おすすめのしくみを改良するデータサイエンティストの 1 日の例を紹介します。
おすすめを変えたら、それで本当に良くなったかを確かめます。利用者をくじ引きのように 2 つの組に分け、古いしくみと新しいしくみで、作品が選ばれた割合を比べます。差が偶然で生まれた程度のものかどうかは、統計の検定で判断します。
数式を考える時間と同じくらい、エンジニアや企画の担当者と話す時間があります。「なぜこの作品がすすめられたのか」を、数学を使わずに説明できることも大切です。
計算する時間と、結果を伝える時間の両方で 1 日ができています。
図解おすすめのしくみを受け持つ人の 1 日(例)
- 9:30数字の確認昨日のおすすめの選ばれ方を見る
- 10:30チームの相談改良したい点と目標を決める
- 12:00昼休み
- 13:00データの準備利用の記録を集めて整える
- 14:30計算方法の改良好みの近さの測り方を試す
- 16:30結果の検証新旧のしくみを統計で比べる
- 17:30報告分かったことを図と言葉で伝える

05
向いている人と入り方・その先
数学科からは、IT の会社や、会社のデータ分析の部署へ進む人がいます。大学で学ぶ線形代数、確率論・統計学に、プログラミングを組み合わせるのが近道です。数学科の授業でも、数値計算や統計の演習でプログラムを書く機会があります。どの授業でどこまで学べるかは、大学によって異なります。
力を確かめる目安には、日本統計学会が公式に認定する統計検定があります。2 級は大学の基礎課程(1・2 年次)、準 1 級は専門課程(3・4 年次)のレベルとされています。
パズルのように筋道を考えるのが好きな人、「本当にそう言える?」と確かめずにいられない人に向いています。経験を積むと、分析チームのリーダーや、システム全体を設計する仕事、AI の研究開発などへ進む道があります。
数学の言葉で考え、プログラムで確かめる。この往復が力になります。
図解データの仕事への道(例)
- 1大学で学ぶ線形代数・確率統計・プログラミング
- 2力を確かめる統計検定や、実際のデータの分析
- 3会社に入る分析や開発の部署で経験を積む
- 4専門を深める機械学習・設計・研究開発など
高校生のうちに試せること
好みの近さを内積で計算する
友だち 4〜5 人に、好きな曲や映画 5 つに 5 点満点で点をつけてもらいましょう。表計算ソフトで 2 人ずつ内積を計算すると、だれとだれの好みが近いかが数字で分かります。
「おすすめ」の理由を予想する
動画や音楽のアプリで、自分のおすすめと家族のおすすめを見比べてみましょう。どんな記録から選ばれていそうか、理由を予想して書き出すと、データの仕事の考え方に近づけます。
統計検定 3 級を目標にする
日本統計学会が公式に認定する検定です。3 級は、高校の数学 I・A・II・B・C で習う内容のレベルとされています。データを読む力を確かめる目標にしましょう。
検定種別の目安(統計検定)
「IT・データ分析」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 151 件から探せます。
定兼研究室
東京大学(東京都)
情報理工学系研究科数理情報学専攻・アルゴリズムとデータ構造・データ圧縮・並列アルゴリズム・定兼 邦彦 教授
濱上研究室
横浜国立大学(神奈川県)
理工学部 数物・電子情報系学科 電子情報システム教育プログラム・人工知能・機械学習・濱上 知樹 教授
AIと機械学習の基礎理論や医療支援への応用を研究する。

Web情報学
岡山大学(岡山県)
工学部 情報・電気・数理データサイエンス系 情報工学コース・情報検索・太田 学 教授
Web情報検索と電子図書館を研究し、検索結果を使った英文添削支援などの応用も行う。
ビジュアル情報学
岡山大学(岡山県)
工学部 情報・電気・数理データサイエンス系 情報工学コース・コンピュータビジョン・岡部 孝弘 教授
カメラや照明と数理モデル・機械学習を組み合わせ、画像の理解・認識・生成技術を研究する。
機械学習理論研究室
九州大学(福岡県)
情報学・瀧本 英二 教授

時空間統計科学
岡山大学(岡山県)
工学部 情報・電気・数理データサイエンス系 数理データサイエンスコース・空間統計学・石岡 文生 教授
エシェロン解析で疾病などのホットスポットを統計的に検出し、医学・環境分野に応用する。
よくある質問
数学科を出て、IT の会社に入れますか?
入れます。日本学術会議の参照基準も、数学を学んだ人が情報通信の分野で仕事をすることはよく見かけられると述べています。大学のプログラミングの授業や、自分で何かをつくる練習で、少しずつ身につけておくと安心です。
証明の勉強は、本当に仕事に役立つのですか?
役立ちます。証明では、すべての場合を漏れなく考え、前提を一つずつ確かめます。ソフトウェアの仕様を決めたり、データの分析にまちがいがないかを点検したりするときにも、同じ考え方を使います。
情報学部と数学科、データの仕事にはどちらが向いていますか?
どちらからも目指せます。情報学部ではプログラミングやシステムを広く学び、数学科では線形代数や確率論などの理論を深く学びます。どちらで学んでも、足りない側を自分で学び足すことが大切です。



