図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 2
IT・金融・コンサルティング
物理で身につけた「現象を単純なモデルにして、データで確かめる」力を、ソフトウェアの開発やデータ分析、企業の課題の分析に生かす仕事です。いま毎日使うウェブや、株価の値動きのモデルにも、物理学から生まれた考え方が生きています。

ひとことで言うと
地図アプリの到着予想を、走りながら直す
地図アプリは、道の混み具合から到着時刻を予想し、渋滞が分かると予想を直します。物理を学んだ人がデータの仕事でしていることも同じです。まず単純なモデルで見積もり、新しいデータが入るたびにモデルを直していきます。

01
どんな仕事?: 物理の考え方でデータと課題を読む
物理学を学んだ人は、IT や金融、コンサルティングの会社でも働いています。IT エンジニアはソフトウェアやシステムをつくり、データサイエンティストは売上や利用の記録から傾向を見つけます。コンサルタントは、企業の課題を分析して解決の道筋を提案します。金融の会社で、市場のデータからリスクを計算する人もいます。
どの仕事にも共通するのが、現象を単純なモデルにして、データで確かめるという物理の考え方です。振り子の運動を、糸の長さと重力だけで説明するように、複雑な問題から大事な要素だけを取り出して考えます。
多くの大学の物理学科では、実験のデータ処理や数値計算の授業でプログラムを書きます。ここで身につけた力が、IT やデータの仕事の入り口になります。
大事な要素だけを取り出して考える力は、業界をこえて通用します。
図解物理を生かす 3 つの仕事
IT エンジニア
- ソフトウェアやシステムをつくる
- 動きをシミュレーションで確かめる
- 大量のデータを速く処理する
データサイエンティスト
- 記録から傾向を見つける
- ばらつきと誤差を見きわめる
- 予測のモデルをつくる
金融・コンサルタント
- 市場や企業の数字を読む
- リスクを計算する
- 課題を分けて解き方を示す

02
ウェブも株価のモデルも、物理から生まれた
いま私たちが毎日使うウェブ(WWW)は、物理学の研究所で生まれました。1989 年、スイスのジュネーブにある CERN(欧州原子核研究機構)で働いていたティム・バーナーズ=リーさんが、最初の提案を書きました。世界中の大学や研究所の科学者が、情報を自動でやりとりできるようにするためです。
1990 年の終わりには、最初のウェブサーバーとブラウザが CERN で動き始めました。1993 年 4 月 30 日、CERN はウェブのソフトウェアを、だれでも自由に使えるように公開します。その後、ウェブは世界中に広がりました。
金融の世界にも、物理と同じ考え方があります。1900 年、フランスのルイ・バシュリエは博士論文で、相場の値動きを、でたらめに揺れ動く動きとして数式で表しました。アインシュタインが、水に浮かぶ微粒子の不規則な動き(ブラウン運動)の論文を書く 5 年前のことです。1973 年には、ブラックとショールズが、金融商品(オプション)の値段を計算する有名な理論を発表します。バシュリエは、その 73 年も前に、同じ考え方でオプションの値段を導いていました。
研究のための道具や考え方が、社会のしくみを変えることがあります。


03
物理学が生きる場面: まず大づかみに見積もる
物理では、細かい計算の前に、答えがおよそどれくらいになるかを見積もります。物理学者エンリコ・フェルミは、封筒の裏でできるような手早い見積もりの名人として知られていました。少ない手がかりから大まかな数を推定する問題は、いまも「フェルミ問題」と呼ばれています。
たとえば、体育祭で配るスポーツドリンクを何リットル用意するかを考えてみます。参加する人数、1 人が飲む量、その日の気温による違いを順に考えてかけ合わせると、数分で目安が出ます。外れたときは、どの仮定がずれていたかを調べて、次の年の見積もりを直します。
データを見るときには、誤差の考え方が役立ちます。売上が先週より 3% 増えても、ふだんのばらつきの範囲なら、たまたまかもしれません。物理学実験で身につけた「この差は意味のある差か」を確かめる習慣は、データの仕事でそのまま生きます。
大づかみな見積もりと、ずれから学ぶ姿勢が、データの仕事の基本です。
図解体育祭のドリンクを何リットル用意する?(例)
- 11 人が飲む量を、紙コップ 3 杯とおく
- 21 杯 200 mL なら、1 人 0.6 L
- 3600 人で約 360 L。暑さで 2 倍ほど変わる
- 4残った量を記録し、来年の仮定を直す

04
コンサルタントの 1 日(例)
ここでは、コンサルティング会社で、ものづくりの会社の課題を受け持つコンサルタントの 1 日の例を紹介します。たとえば「工場の不良品を減らしたい」という相談に、チームで数か月かけて取り組みます。
最初にするのは、問題を小さく分けることです。不良はどの工程で、どの時間帯に、どんな条件で出ているのか。工場の人に話を聞き、記録されたデータを集めて、原因の候補をしぼっていきます。物理の実験で、条件を 1 つずつ変えて原因を確かめるのと同じ考え方です。
分析の結果は、図と短い言葉で伝えます。数式を使わずに、なぜその対策が効くのかを説明できることが大切です。相手の会社の人が納得して動き出したときが、この仕事のいちばんの手応えです。
問題を分けて、データで確かめる。物理の実験と同じ手順です。
図解コンサルタントの 1 日(例)
- 9:00チームの打ち合わせ今日の分析と訪問の予定を決める
- 10:00工場を訪問現場の人に作業の流れを聞く
- 12:00昼休み
- 13:00データの分析不良が出る条件をグラフで探す
- 15:30仮説の検討原因の候補を上司と議論する
- 17:00資料づくり対策の案を図と短い言葉にまとめる

05
向いている人と入り方・その先
2025 年 3 月に物理学の修士課程を修了した 980 人のうち、637 人が就職し、292 人が博士課程などに進みました。理学(物理学・化学・数学など)の修士課程全体では、就職した人は 4,407 人でした。職業でいちばん多いのは情報処理・通信技術者で、1,180 人(約 27%)です(学校基本調査)。
IT やデータの仕事は、物理を学んだ人の大きな進路の 1 つです。大学の授業や研究でプログラムを書き、大量のデータを扱った経験が、そのまま仕事の土台になります。金融やコンサルティングの会社では、入社後の研修で業界の知識を身につけていきます。
パズルのように筋道を立てて考えるのが好きな人、数字の裏にある「なぜ」を知りたい人に向いています。経験を積むと、分析チームのリーダーや、システム全体を設計する仕事、金融の専門職、事業の責任者などへ進む道があります。
物理で鍛えた考え方は、業界が変わっても使えます。
図解データの仕事への道(例)
- 1学部実験データの処理でプログラムに慣れる
- 2修士課程研究で大量のデータを扱う
- 3企業に入るIT・金融・コンサルで経験を積む
- 4専門を深める分析の責任者や設計、金融の専門職へ
高校生のうちに試せること
学校行事の数を見積もって確かめる
体育祭や文化祭の前に、必要な飲み物の量や来場者の数を見積もってみましょう。当日の結果と比べ、どの仮定がずれていたかを書き出すと、モデルを直す練習になります。
通学時間のばらつきを調べる
2 週間、毎朝の通学時間を記録し、平均とばらつきを計算しましょう。雨の日に遅くなった分が、ふだんのばらつきより大きいかを確かめると、「意味のある差」を見分ける練習になります。
世界で最初のウェブサイトを見る
CERN は、1990 年代はじめの最初のウェブサイトを復元して公開しています。文字とリンクだけのページから、いまのウェブがどう始まったのかを見てみましょう(英語)。
info.cern.ch(CERN)
「IT・金融・コンサルティング」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 28 件から探せます。

環境データ科学
岡山大学(岡山県)
工学部 環境・社会基盤系 環境マネジメントコース・環境情報学・珠玖 隆行 准教授
現地計測・衛星リモートセンシング・数値シミュレーションを組み合わせ、環境や防災の将来予測に生かす。
非線形・ソフトマター物理学研究室
千葉大学(千葉県)
理学部 物理学科・非線形物理・ソフトマター・北畑 裕之 教授
多彩なダイナミクスやパターンを示す非線形系やソフトマターを研究する。
金融データ科学
広島大学(広島県)
先進理工系科学研究科 情報科学プログラム・情報科学・TING HIAN ANN 教授
取引・投資アルゴリズム、資産評価、リスクモデリングなどを研究している。
先端データ科学研究室
北海道大学(北海道)
情報理工学

生体物理データ科学グループ
大阪大学(大阪府)
基礎工学研究科機能創成専攻・生体物理データ科学・清野 健 教授

計算機統計学
岡山大学(岡山県)
環境生命自然科学研究科 数理情報科学 数理データ科学・統計学・飯塚 誠也 教授
多変量データや質的データ、テキスト・画像など多様なデータを計算機で分析する統計手法を開発する。
よくある質問
物理学科から IT の会社に入れますか?
入れます。2025 年 3 月に理学の修士課程を修了して就職した人では、情報処理・通信技術者がいちばん多い職業でした。大学の授業や研究でプログラムを書く経験を積んでおくと、入社後の仕事につなげやすくなります。
金融の仕事に、物理は関係あるのですか?
あります。偶然に左右される値動きを数式で扱う点で、物理と金融はつながっています。1900 年にバシュリエが値動きを数式で表した研究は、物理のブラウン運動の理論と同じ考え方を使っていました。
コンサルタントになるには、経営学の知識が必要ですか?
業界や経営の知識は、入社後の研修や仕事の中で学ぶことも多くあります。大切なのは、課題を小さく分けて筋道立てて考え、データで確かめる力です。これは物理の学びで鍛えられる力でもあります。

