
ひとことで言うと
スマホのカメラは、写す前に補正している
スマートフォンのカメラは、暗い場所や逆光でも見やすいように、明るさや色を自動で補正してから写真にします。私たちの目と脳も、届いた光をそのまま感じているわけではありません。経験やまわりの様子をもとに補正して「見ている」のです。そのしくみを実験で確かめるのが、この分野です。

01
知覚と注意: 見えている世界は、脳がつくっている
知覚は、目や耳などから入った情報をもとに、まわりの世界を知るはたらきです。日本学術会議の参照基準は、晴れた日の石炭は月夜の雪より明るい光を目に届けているのに、暗く見えるという例を挙げています。脳は、まわりとの比べ方や経験をもとに、明るさを決めているのです。
見ているつもりでも、見えていないことがあります。1999 年、アメリカの心理学者シモンズとチャブリスは、バスケットボールのパスの回数を数えてもらう実験をしました。その動画の途中で、ゴリラの着ぐるみを着た人が画面を横切ります。すると、およそ半数の人がゴリラに気づきませんでした。注意を向けていないものは、目に入っていても意識に上らないことがあるのです。これを非注意性盲目と呼びます。
注意のくせは、色の名前を答える課題でも確かめられます。青いインクで書いた「あか」の文字を見て、インクの色を答えるのは意外と難しいものです。1935 年にストループが調べたところ、100 個の色を答える時間は、色を塗った四角なら平均 63.3 秒でした。それが、別の色で書いた色の名前の文字では 110.3 秒にのびました。こうした知見は、見落としにくい表示や画面を考えるときにも生かされています。
私たちは、目に入った光をそのまま見ているのではなく、脳が補正し、選んだものを見ています。
図解ストループ課題で起こること
- 1文字を読むはたらきが自動で始まる
- 2インクの色を答えようとする
- 3「あか」と「あお」が頭の中でぶつかる


02
学習・記憶: 覚え方には、確かめられたコツがある
記憶の実験を始めたのは、ドイツのエビングハウスです。意味のない文字の並びを自分で覚え、時間がたつとどれだけ忘れるかを調べて、1885 年に本にまとめました。覚えた直後に急に忘れ、そのあとはゆっくり忘れていく「忘却曲線」です。2015 年にはオランダの研究者が同じ方法でやり直し、よく似た曲線を得ています。
では、どうすれば忘れにくくなるのでしょうか。2006 年にアメリカで行われた実験では、大学生に文章を覚えてもらいました。何度も読み直したグループが 1 週間後に思い出せたのは、約 40% でした。読んだあとに思い出して書き出す練習をしたグループは、約 61% を思い出せました。思い出す練習が記憶を強める、テスト効果と呼ばれる現象です。
面白いのは、読み直したグループのほうが「よく覚えた」という自信は高かったことです。大学では、こうした実験を自分たちで計画し、結果を統計で確かめる「心理学実験」の授業があります。毎日の勉強のやり方も、データで見直せるようになります。
思い出す練習は読み直すより手間がかかりますが、長く覚えていられます。
図解読み直すか、思い出すか
何度も読み直す
- 5 分後のテストでは少し有利
- 1 週間後は約 40% を思い出せた
- 「覚えた」という自信は高い
思い出して書き出す
- 読む回数は少なくてよい
- 1 週間後は約 61% を思い出せた
- 思い出す練習が記憶を強める

03
感情・動機づけ: やる気と気持ちのしくみ
やる気(動機づけ)のしくみも、実験で調べられています。好きで続けていることに「やったらごほうび」を約束すると、ごほうびがなくなったときにやめてしまうことがあります。128 の実験をまとめた 1999 年の研究では、前もって約束された物のごほうびは、自分から取り組む気持ちを弱める傾向がありました。一方、できたことをほめる言葉は、その気持ちを高めていました。この結果には反論もあり、議論が続いています。
感情は記憶とも結びついています。2001 年 9 月 11 日のアメリカ同時多発テロの翌日、アメリカの大学生 54 人が、そのニュースを知った場面を書き残しました。1 週間後から 32 週間後に聞き直すと、ふだんの出来事の記憶と同じように、細かい中身は変わっていました。それでも本人は「はっきり覚えている」と強く信じていたのです。
記憶への自信と、記憶の正しさは別のものです。これが分かると、思い込みで言い合いになったときにも、落ち着いて事実を確かめ直せます。
図解ごほうびとほめ言葉
約束したごほうび
- ごほうびのために取り組むようになる
- 自由な時間に自分から取り組むことが減った
できたことをほめる
- 何ができたかが本人に伝わる
- 自由な時間に自分から取り組むことが増えた

04
脳と神経: 心のはたらきを脳から調べる
1953 年、重いてんかんに苦しむアメリカの男性が、脳の手術を受けました。海馬を含む、左右の側頭葉の内側を取り除く手術です。発作は軽くなりましたが、新しい出来事を覚えられなくなりました。研究では H.M. と呼ばれた、ヘンリー・モレゾンさんです。
ところが、鏡に映った星形をなぞる練習では、練習したことを覚えていないのに、日ごとに上手になりました。この研究から、出来事の記憶と、体で覚える技の記憶は、脳の別のしくみに支えられていると考えられるようになりました。
いまは脳波や fMRI(脳の活動を画像にする装置)を使い、体を傷つけずに脳のはたらきを調べられます。ただし日本学術会議の参照基準は、脳の場所と心のはたらきの因果関係は、まだはっきり示せていないと注意しています。
脳の研究は AI にもつながっています。NHK の研究所にいた福島邦彦さんは、脳が形を見分けるしくみをもとに、1979 年にネオコグニトロンを発表しました。いまの画像認識 AI の源流とされ、2021 年にはアメリカのフランクリン協会からバウアー賞を受けています。
脳の研究は、心のしくみを知る手がかりになり、AI を生む力にもなりました。

高校生のうちに試せること
ストループ課題を友だちと試す
「あか」「あお」などの文字を、わざと別の色で 20 個書いたカードを作りましょう。色を塗った四角を並べたカードと比べて、インクの色を言い終えるまでの時間をストップウォッチで測ってください。
思い出す勉強法を 2 週間試す
単語や用語を覚えるとき、半分は読み直し、残りの半分は教科書を閉じて書き出す方法で覚えてみましょう。1 週間後に小テストをして、どちらがよく残っているかを記録してください。
日本心理学会の高校生講座を見る
日本心理学会は「高校生のための心理学講座」の動画を公開しています。知覚・記憶・感情など分野ごとに並んでいるので、気になるテーマから見てみましょう。
日本心理学会「高校生のための心理学講座」YouTube 版錯視の作品を見て、作ってみる
2009 年から開かれている「錯視・錯聴コンテスト」は、日本基礎心理学会の会員でなくても応募でき、参加費もかかりません。これまでの入賞作品は、立命館大学の北岡明佳さんのサイトから見られます。応募の案内は年ごとに確認してください。
北岡明佳の錯視のページ
「知覚・認知と脳」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 25 件から探せます。

脳情報学分野
京都大学(京都府)
情報学研究科情報学専攻・脳認知科学・神谷 之康 教授
知覚・認知心理学研究室
筑波大学(茨城県)
情報メディア・森田 ひろみ

心理情報学分野
京都大学(京都府)
情報学研究科情報学専攻・脳認知科学・熊田 孝恒 教授

生体計測工学/認知神経科学
岡山大学(岡山県)
工学部 機械システム系 機械工学コース・認知神経科学・楊 家家 教授
脳波やfMRIで人の感覚・注意・記憶の仕組みを調べ、人に合った機械システムづくりに生かす。
認知情報学分野
京都大学(京都府)
情報学研究科情報学専攻・脳認知科学・西田 眞也 教授

認知科学研究室
九州大学(福岡県)
情報学・志堂寺 和則 教授
学生団体・機関はまだ掲載していません
よくある質問
脳のことを学ぶには、理系の知識が必要ですか?
あると役立ちますが、入学の時点で詳しく知っている必要はありません。多くの大学では、神経・生理心理学などの授業で脳と神経のしくみを基礎から学びます。高校の生物基礎の内容を見直しておくと、授業に入りやすくなります。
認知心理学と AI は、どう関係していますか?
心のはたらきを情報の処理として考える点で、深くつながっています。脳が形を見分けるしくみをもとにしたネオコグニトロンは、いまの画像認識 AI の源流とされています。人と AI の判断の違いを調べる研究もあります。
実験では、どんなことをするのですか?
パソコンの画面に出た文字や図形にボタンで答え、正しさや反応の速さを記録するものがよくあります。大学の授業では、学生どうしが実験をする人と参加する人になり、計画から結果の分析までを体験します。
出典
- 日本学術会議「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 心理学分野」(2014 年 9 月)
- J. R. Stroop「Studies of interference in serial verbal reactions」(1935 年・Classics in the History of Psychology)
- Association for Psychological Science「Test-Enhanced Learning」
- Murre & Dros「Replication and Analysis of Ebbinghaus' Forgetting Curve」(PLOS ONE・2015 年)
- The Franklin Institute「Kunihiko Fukushima」
