図 1 心理学の広がり心理学の広がり 5
応用: 暮らしと社会で
裁判の証言、駅のホームの安全、迷わないアプリの画面、つい受けたくなる検診の案内。心理学の知識は、暮らしと社会のいろいろな場面で使われています。

ひとことで言うと
押すか引くか迷うドアは、ドアのせい
取っ手が付いているのに押すドアや、押し板なのに引くドアで迷ったことはありませんか。認知科学者のドナルド・ノーマンは、使う人が迷うのは、その人のせいではなく作りのせいだと考えました。人の心のくせを知ると、ミスや事故を減らす工夫ができます。

01
犯罪と司法: 目撃した記憶は、質問で変わる
1974 年、アメリカの心理学者ロフタスとパーマーは、車の衝突事故の映像を大学生に見せる実験をしました。そのあと「車が激突したとき、どのくらいの速さでしたか」と聞くと、「接触したとき」と聞いた場合より速い答えが返ってきました。平均は時速約 66 km と約 51 km でした。
続く実験では、1 週間後に「割れたガラスを見ましたか」と聞きました。「激突」という言葉で聞かれた 50 人のうち 16 人が「見た」と答えましたが、映像に割れたガラスは映っていません。あとから聞いた言葉が、記憶そのものを変えることがあるのです。ただし、別の場面でやり直して言葉の効果が出なかった実験もあり、どんな条件で起こるかが調べられています。
日本では 2009 年に裁判員制度が始まり、市民が証言を聞いて判断するようになりました。警察のポリグラフ検査は「うそ発見器」と誤解されがちですが、うそに特有の体の反応は見つかっていません。日本心理学会の心理学ミュージアムでは、こうした捜査の心理学を、科学捜査研究所の研究者などが紹介しています。
記憶は録画とは違い、あとから入った情報で書きかわることがあります。
図解質問のことばで変わる記憶
- 1「激突したとき」の速さを聞かれる
- 21 週間後、割れたガラスを見たか聞かれる

02
交通と災害: うっかりミスと「自分は大丈夫」に備える
日本の駅では、係員が信号やホームを指で差し、声に出して確かめる姿をよく見かけます。指差喚呼(しさかんこ)と呼ばれる方法です。1994 年の鉄道総合技術研究所の実験では、何もしないときにボタンを押しまちがえた割合は 2.38% でした。指差しと声出しを両方行うと 0.38% になり、約 6 分の 1 に減りました。
災害のときに逃げ遅れる理由の一つに、「自分だけは大丈夫だろう」と考えてしまう正常性バイアスがあります。京都大学防災研究所の矢守克也さんは、内閣府の防災教育の会議で、これを「心配性バイアス」で乗り越える考え方を示しました。自分のことは楽観しても、大切な人のことは心配になる。その心の性質を、避難を呼びかける工夫に生かそうというものです。
人は必ずまちがえる、という前提に立って、まちがいが事故につながらないしくみを考える。これが交通や安全の心理学の基本です。
人の注意には限りがあるからこそ、確かめ方を体の動きで助けます。
図解指差喚呼の効果(1994 年の実験)
何もしない
- 押しまちがえた割合 2.38%
指差しだけ・声だけ
- 指差しだけ 0.75%
- 声だけ 1.0%
指差しと声の両方
- 押しまちがえた割合 0.38%
- 何もしないときの約 6 分の 1

03
使いやすいデザイン: 迷うのは、人のせいではない
ノーマンは 1988 年に出した本で、身の回りの道具の使いにくさを、認知心理学の考え方で説明しました。日本語版の題は『誰のためのデザイン?』です。どこを触ればよいか、触るとどうなるかが見て分かる作りなら、人は迷いません。ドアの取っ手やコンロのつまみの並び方が、その例です。
この考え方は、いまのアプリや Web サイトづくりに受け継がれています。UX リサーチャーと呼ばれる人たちは、実際に使う人に画面を操作してもらい、どこで迷ったかを観察して改善します。心理学で学ぶ実験の計画や観察、インタビューの方法が、そのまま役立つ仕事です。
図解使いやすさを確かめるくり返し
- 1使う人を知るどんな場面で、何に困っているかを調べる
- 2試作する紙やアプリで画面の案を作る
- 3使ってもらう操作の様子を観察し、迷った所を記録する
- 4直す迷った理由を考え、作りを変える

04
消費と広告: 心理学者がノーベル経済学賞を受けた
2002 年のノーベル経済学賞は、心理学者のダニエル・カーネマンに贈られました。理由は、心理学の研究で分かった人の判断や決め方のくせを、経済学に取り入れたことです。たとえば人は、同じ金額なら、得をする喜びより損をするつらさを大きく感じやすいことが知られています。
このくせを、よい行動を後押しする工夫(ナッジ)に生かす例もあります。東京都八王子市は 2016 年度、前の年に大腸がん検診を受けた人に受診をすすめる通知を、2 種類に分けて送りました。「受診した方には来年も検査キットを送ります」と書いた通知では、受診率は 22.7% でした。「受診しないと来年は送れません」と書いた通知では、29.9% に上がりました。
一方で、人の心のくせを悪用し、気づかないうちに高い契約をさせるような使い方は問題です。心理学を学ぶと、だまされにくい消費者になれるうえ、人を大切にする売り方を考える力もつきます。
高校生のうちに試せること
身の回りの「迷うデザイン」を集める
押すか引くか迷うドア、どのボタンを押せばよいか分からない券売機など、迷った物を 5 つ探してメモしましょう。人が写る写真は撮らずに、なぜ迷うのか、どう直せば迷わないかを絵にしてみてください。
ハザードマップで避難先を確かめる
国土交通省のハザードマップポータルサイトで、家や学校の周りの危険と避難場所を調べましょう。家族と「どんなときに、どこへ逃げるか」を話しておくことが、正常性バイアスへの備えになります。
ハザードマップポータルサイト(国土交通省)「犯罪とたたかう心理学」を見る
日本心理学会の「心理学ミュージアム」の特集です。目撃証言、犯罪者プロファイリング、ポリグラフ検査などを、研究者や科学捜査研究所の職員が紹介しています。
心理学ミュージアム 特集「犯罪とたたかう心理学」
「応用: 暮らしと社会で」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 59 件から探せます。
行動経済学・集団行動研究室
筑波大学(茨城県)
情報メディア・藤崎 樹
ヒューマンインタフェース/実データ解析研究室
九州大学(福岡県)
実世界ロボティクス・内田 誠一 教授

インタフェースシステム学
岡山大学(岡山県)
工学部 機械システム系 ロボティクス・知能システムコース・ヒューマンインタフェース・中澤 篤志 教授
AIで人の意図を読み取るインタフェースや、介護向けVR/MR、医療支援・対話ロボットを開発する。

空間性能システム専攻 環境人間工学研究室
北海道大学(北海道)
環境工学
建築・都市人間工学領域
大阪大学(大阪府)
工学研究科地球総合工学専攻・建築・都市人間工学・伊丹 絵美子 教授
フュージングインタラクション研究室
熊本大学(熊本県)
工学部 情報電気工学科 情報工学教育プログラム・ヒューマンインタフェース・嵯峨 智 准教授
VRや触覚センサ・ディスプレイを使い、人を中心にしたインタフェースを研究する。
よくある質問
犯罪心理学を学ぶと、プロファイリングの仕事ができますか?
日本では、都道府県警察の科学捜査研究所で心理を担当する職員などが、犯罪者プロファイリングにあたっています。採用の条件や試験は都道府県によって異なります。大学では、司法・犯罪心理学の授業で基礎を学べます。
UX リサーチャーになるには、何を学べばよいですか?
心理学で学ぶ実験の計画、観察、インタビュー、統計は、そのまま UX リサーチの基礎になります。情報系の学部で学ぶ人もいます。大学によっては、ヒューマンインタフェースや人間工学の研究室で、心理学の方法を使った研究ができます。
心理学の知識で、人をだますこともできるのでは?
心のくせの知識は、使い方によっては人をだますことにも使えます。だからこそ心理学では研究倫理を学び、知識を人のために使うことを大切にしています。くせを知っておくと、自分がだまされにくくなるという利点もあります。


