図 3 仕事での生かし方仕事での生かし方 1
薬と医療を支える
病院や薬局で薬を正しく届けたり、血液や尿の成分を測ったりして、患者の治療を支える仕事です。高校の化学で学ぶ物質量(mol)と濃度、イオンの計算が、薬の量を決める場面や検査の数値を読む場面で毎日使われています。

ひとことで言うと
料理のレシピを、患者ごとに書き直す
料理のレシピは、作る人数が変われば、材料の量を計算し直します。薬も、患者の体の大きさや検査の結果に合わせて、量と濃さを決め直します。そのときの道具が、化学で学ぶ mol と濃度の計算です。

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どんな仕事?: 薬を届ける人、体の中を測る人、薬をつくる人
薬剤師は、医師の処方せんを確かめて薬を調剤し、患者に飲み方を説明する仕事です。病院では、点滴の薬を混ぜたり、入院中の患者の薬を管理したりもします。厚生労働省の統計では、2024 年末の薬剤師は 32 万 9,045 人で、60.0% が薬局、17.5% が病院で働いています。
臨床検査技師は、医師の指示の下で、血液や尿などの成分を測る検査の専門職です。製薬会社の研究職は、新しい薬の成分をつくったり、薬の品質が保たれるかを確かめたりします。働く場所は違っても、目に見えない成分の量を、数字で正しく扱うことが共通の土台です。
その数字の扱い方を最初に学ぶのが、高校の化学です。物質量と濃度、イオンの電荷、酸と塩基、錯イオン、有機化合物の性質。どれも、薬や検査の現場で毎日のように使われています。
薬も検査も、目に見えない成分の量を数字で扱う仕事です。
図解薬と医療の仕事と高校の化学
- 物質量と濃度点滴の薄め方や薬の量の計算(化学基礎)
- イオン血液のナトリウムやカリウムの検査(化学基礎)
- 酸と塩基体の中の pH と薬の溶けやすさ(化学基礎)
- 錯イオン金属のイオンと薬が結びつく飲み合わせ(化学)
- 有機化合物薬の分子の形と性質(化学)
- 反応速度薬が分解する速さと使用期限(化学)


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物質量とイオンが生きる場面: カリウムの点滴は「mEq」で数える
血液のカリウムが足りない患者には、点滴でカリウムを補うことがあります。使う薬の 1 つは、20 mL に塩化カリウム 1.491 g を溶かした注射液です。ラベルには「1 mEq/mL」とあります。mEq(ミリ当量)は、イオンの物質量(mmol)に、イオンの電荷の数を掛けた単位です。
化学基礎の計算で確かめてみます。KCl の式量は 74.55 なので、1.491 g は 0.0200 mol、つまり 20 mmol です。K⁺ は 1 価のイオンなので、20 mmol はそのまま 20 mEq です。2 価の Ca²⁺ なら、1 mmol が 2 mEq になります。
この薬は、そのまま注射してはいけません。添付文書は、濃さを 1 L あたり 40 mEq 以下に薄め、速さを 1 時間に 20 mEq 以下にするよう定めています。急いで入れると、血液のカリウムが高くなりすぎるおそれがあるからです。薬剤師は、混ぜる点滴の量と速さが決まりの中にあるかを、計算で確かめます。
臨床検査技師が測る血液のカリウムも、mmol/L で表します。日本臨床検査標準協議会(JCCLS)の共用基準範囲では、3.6〜4.8 mmol/L です。ブドウ糖のように mg/dL で表す項目も、10 倍して mg/L にし、分子量 180.16 で割れば mmol/L に直せます。検査の数字と薬の数字が、同じ mol の物差しでつながっているのです。
mol とイオンの電荷の計算が、点滴の安全を守っています。
図解カリウムの注射液 1 本を点滴に混ぜる(計算)
- 11.491 ÷ 74.55 = 0.0200 mol = 20 mmol
- 2K⁺ は 1 価なので、20 mmol = 20 mEq
- 340 mEq/L 以下にするには、20 ÷ 40 = 0.5 L 以上に薄める
- 41 時間に 20 mEq 以下なら、入れ終わるまで 1 時間以上

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錯イオンが生きる場面: 牛乳で飲まないでと言われる薬
薬局で「この薬は牛乳と一緒に飲まないでください」と言われることがあります。岡山大学病院の薬剤部の資料によると、一部の抗生剤や骨粗しょう症の薬は、カルシウムが結合すると吸収される割合が下がります。牛乳に多いカルシウムイオンが、薬の分子と結びついてしまうのです。
金属のイオンが、分子のいくつかの部分に挟まれるように結びついたものを、キレートといいます。化学の遷移元素の単元で学ぶ錯イオンと同じ考え方です。結びついた薬は腸から体に入りにくくなり、効き目が弱まることがあります。同じ資料は、鉄や亜鉛、カルシウムを含むサプリメントにも注意を呼びかけています。
ただし、牛乳がいつも悪いわけではありません。資料は、薬を飲む時刻と 2 時間ほど間を空ければ問題はないとしています。なぜ効きにくくなるのかを化学で説明できると、患者に合った飲み方を具体的に伝えられます。薬剤師がお薬手帳でほかの薬やサプリメントを確かめるのは、こうした組み合わせを見つけるためでもあります。
飲み合わせの注意も、イオンと分子の結びつきで説明できます。

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病院薬剤師の 1 日(例)
ここでは、総合病院の薬剤部で働く薬剤師の 1 日の例を紹介します。担当の分け方や勤務の時間は、病院によって違います。
午前は、処方せんの確認と調剤です。量が体重に合っているか、一緒に飲む薬との組み合わせに問題がないかを確かめます。点滴の薬を混ぜる担当の日は、清潔な作業台で、濃さと量を計算しながら準備します。
午後は病棟へ行き、入院中の患者に薬の飲み方を説明します。検査の値を見て、薬の量を医師と相談することもあります。夕方は記録をまとめ、新しい薬の情報を薬剤部の中で共有します。
計算で確かめ、言葉で伝える。その両方が薬剤師の仕事です。
図解病院薬剤師の 1 日(例)
- 8:30朝の打ち合わせ入院患者の薬の変更を確かめる
- 9:00処方せんの確認量と飲み合わせを計算で確かめる
- 10:30点滴の準備清潔な台で濃さを計算して混ぜる
- 12:00昼休み
- 13:00病棟で説明患者に飲み方と注意を伝える
- 15:00医師と相談検査の値から薬の量を見直す
- 17:00記録と勉強会新しい薬の情報を共有する

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向いている人と入り方・その先
高校のうちは、化学基礎の物質量と濃度の計算を確実にしてください。「何 g は何 mol か」「何倍に薄めればよいか」をすらすら解けることが、薬の計算の土台になります。化学の有機化合物と高分子は、薬の分子の形を理解する助けになります。生物も、体のしくみを学ぶうえで役に立ちます。
薬剤師になるには、大学の薬学部で 6 年制の課程を修めて卒業し、国家試験に合格します。2026 年 2 月の第 111 回国家試験では、受験者 1 万 2,774 人のうち 8,749 人が合格し、合格率は 68.49% でした。臨床検査技師は、大学や専門学校などの養成課程で学んでから、国家試験を受けます。
製薬会社で薬をつくる研究職には、薬学部のほか、理学部の化学科、工学部の応用化学科、農学部の農芸化学科などから進む人もいます。大学院の修士課程まで学んでから就職する人が多くいます。薬剤師は、病院や薬局のほか、製薬会社や国・自治体の衛生の仕事、大学でも働いています。
人の役に立ちたい気持ちと、細かい数字を最後まで確かめる慎重さがある人に向いています。経験を積むと、がんや感染症など、分野ごとの専門の薬剤師の認定を目指す道もあります。
mol と濃度の計算を、身近な薬の表示で練習しておくと力になります。
図解薬剤師への道(例)
- 1高校で学ぶ物質量・濃度・有機化合物
- 2薬学部6 年制の課程で学ぶ
- 3国家試験合格して厚生労働大臣の免許を受ける
- 4病院・薬局調剤や病棟の仕事を担当
- 5専門を深めるがん・感染症などの分野へ
高校生のうちに試せること
胃腸薬の箱で、mg を mol に直す
家にある胃腸薬などの箱の「成分・分量」を見て、炭酸水素ナトリウム(式量 84)や酸化マグネシウム(式量 40)が何 mg 入っているかを確かめましょう。物質量に直し、中和できる塩酸の物質量を計算してみてください。薬は飲まずに、表示を読むだけにしましょう。
添付文書の「相互作用」を読む
PMDA(医薬品医療機器総合機構)のサイトでは、病院で使う薬の添付文書を誰でも読めます。抗生剤などを 1 つ選び、「相互作用」の欄で、一緒に使うと注意が必要な物とその理由を探しましょう。カルシウムや鉄などの金属が出てきたら、錯イオンの考え方で説明してみてください。
医療用医薬品 情報検索(PMDA)job tag で 2 つの仕事を読み比べる
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)では、仕事の内容や必要な資格を調べられます。「薬剤師」と「臨床検査技師」のページを読み比べ、高校の化学がどの作業に生きそうかを書き出してみましょう。
薬剤師(job tag・厚生労働省)
「薬と医療を支える」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 125 件から探せます。

血液免疫病態解析学
熊本大学(熊本県)
大学院生命科学研究部 先端生命医療科学部門・血液学・臨床検査・伊藤 隆史 教授
敗血症に伴う臓器障害や血液凝固の異常、血栓のでき方を解析する。

がん化学療法薬学分野
東北大学(宮城県)
薬学研究科医療薬学専攻・医療薬学・富岡 佳久 教授

臨床薬物動態学
岡山大学(岡山県)
薬学部 薬学科・薬物動態学・合葉 哲也 准教授
薬の効き目や安全性を左右する要因を調べ、病態に合わせた最適な投与設計法を構築する。
育薬学教室
東京大学(東京都)
薬学系研究科・医療薬学・佐藤 宏樹 准教授(兼)

臨床病態解析学
熊本大学(熊本県)
大学院生命科学研究部 総合医薬科学部門・臨床検査医学・神力 悟 准教授
がんの転移・再発の仕組みをゲノムの不安定性などから調べ、新しい検査法につなげる。

製剤工学
千葉大学(千葉県)
薬学部 創薬科学講座・製剤学・森部 久仁一 教授
学生団体・機関はまだ掲載していません
よくある質問
薬剤師と臨床検査技師は、どちらも化学を使いますか?
使います。薬剤師は、薬の量や濃さ、飲み合わせを考えるときに化学を使います。臨床検査技師は、血液や尿の成分の濃さを測り、その値を mmol/L や mg/dL で正しく読むときに化学を使います。
化学が苦手でも、薬学部に入れますか?
薬学部の入試では、多くの大学で化学が必要です。入学後も有機化学や分析化学などの授業が続きます。ただ、薬の計算の多くは、高校で学ぶ物質量と濃度の組み合わせです。苦手な単元は、身近な薬の表示で計算してみると意味がつかみやすくなります。入試の科目は大学によって異なるので、募集要項で確かめてください。
製薬会社で働くには、薬学部でないといけませんか?
研究職には、薬学部のほか、理学部の化学科や工学部の応用化学科、農学部などから進む人もいます。薬の候補をつくる合成や、品質を確かめる分析では、化学の知識が直接生きます。ただし、薬剤師の国家試験を受けられるのは、薬学部の 6 年制の課程を修めて卒業した人です。
