図 1 医学の広がり医学の広がり 5
応用: これからの医療
一人ひとりの遺伝子に合わせた治療、iPS 細胞を使った再生医療、診断を助ける AI、住み慣れた地域で受ける医療。からだと病気の知識を土台に、これからの医療をつくる分野です。

ひとことで言うと
同じ地図でも、行き先に合わせて道を選ぶ
カーナビは、同じ地図を使っても、出発地と行き先に合わせて一人ひとりに道を案内します。これからの医療も、病気の名前だけでなく、その人の遺伝子や暮らす場所に合わせて、治療の道を選ぶ方向に進んでいます。

01
ゲノム医療: 30 億の文字を読む
ゲノムは、からだをつくる設計図の全体です。ヒトのゲノムは、約 30 億の塩基(DNA の文字)でできています。1990 年に始まった国際的なヒトゲノム計画は、13 年かけて、2003 年 4 月にほぼすべての配列を読み終えました。
その後、読む技術は大きく進みました。アメリカの国立ヒトゲノム研究所によると、最初のヒトゲノムの配列をつくる費用は 5 億〜10 億ドルと見積もられています。1 人分のゲノムの下書きを読む費用は、2015 年の終わりには 1,500 ドルを下回りました。
日本では 2019 年 6 月から、がんの組織の多くの遺伝子を一度に調べる「がん遺伝子パネル検査」の一部が、保険診療で行われています。標準の治療がない、または終わったなどの条件を満たす場合に、多くは 100 以上の遺伝子を同時に調べ、合う薬があるかを専門家のチームで話し合います。
遺伝子の情報を読み解くには、医学と情報の両方の力が必要です。
図解がん遺伝子パネル検査の流れ
- 1組織をとる生検や手術でとったがんの組織を使う
- 2遺伝子を読む多くは 100 以上の遺伝子を一度に調べる
- 3専門家が話し合う結果をもとに、医師らのチームで検討
- 4治療を考える合う薬があるかを、患者と相談する

02
再生医療: iPS 細胞から、世界初の製品へ
再生医療は、病気やけがで失われた細胞や組織を、細胞の力で補う医療です。iPS 細胞は、さまざまな細胞になることができる細胞です。京都大学の山中伸弥さんのグループが、2006 年にマウスの細胞から、2007 年に人の皮膚の細胞からつくったと報告しました。2012 年には、この業績でノーベル生理学・医学賞を受けています。
2014 年 9 月には、患者自身の iPS 細胞からつくった網膜の細胞のシートを、目の病気の患者に移植する手術が行われました。iPS 細胞からつくった組織を使った、世界で初めての手術です。
そして 2026 年 3 月、厚生労働省は、iPS 細胞を使った再生医療の製品 2 つを、条件と期限付きで承認しました。他人の iPS 細胞からつくった、重い心不全の患者の心臓に貼る心筋のシートと、パーキンソン病の患者の脳に移植する神経のもとになる細胞です。iPS 細胞を使った治療の製品の承認は世界で初めてで、7 年の期限の間に、実際の治療で有効性を確かめることが求められています。
日本で生まれた iPS 細胞は、研究の段階から、実際の治療の段階に入り始めています。
図解iPS 細胞から治療まで
- 1からだの細胞皮膚などの細胞を取り出す
- 2iPS 細胞にするいくつかの遺伝子を入れて初期化する
- 3目的の細胞に育てる心筋や神経、網膜の細胞などにする
- 4移植して確かめる臨床研究や治験で安全性と効果を調べる


03
AI・情報技術: 判断の主体は、医師
医療の画像や記録は、データの宝庫です。日本でも、内視鏡の画像から病変の候補を示すプログラムが、医療機器として審査を受けて使われています。たくさんの例から特徴を学び、医師が見落としにくくなるよう助けます。
では、AI が診断を下すのかというと、そうではありません。厚生労働省は 2018 年 12 月の通知で、AI を使って診療する場合の考え方を示しました。診断や治療を行う主体は医師であり、最終的な判断の責任は医師が負うというものです。AI の答えをうのみにせず、根拠を確かめて使う力が、これからの医師に求められます。
AI が病変を見分けるときは、どこから先を「病変かもしれない」とするかの基準(しきい値)が大切です。基準を甘くすると見落としは減りますが、病変でないものを疑う空振りが増えます。どこに線を引くかは、医学の知識をもとに決めます。
AI は医師の判断を助ける道具で、最後に決めて責任を持つのは医師です。

04
在宅・地域医療: 住み慣れた町で、暮らしを支える
日本の 65 歳以上の人口は、2026 年 9 月 15 日現在で 3,624 万人です。総人口の 29.6% にあたり、過去最高になりました。年を重ねて通院が難しくなった人の家を、医師や看護師が訪ねて診療する在宅医療も行われています。
医師の少ない地域の医療を担う人を育てる大学もあります。栃木県の自治医科大学は、へき地などの医療を確保するため、1972 年に全国の都道府県が共同で設立しました。入学試験の 1 次は各都道府県で行い、将来は出身の都道府県で地域の医療を担う学生を選んでいます。
地域の医療では、臓器ごとの分け方をこえて、子どもからお年寄りまで幅広く診る力が求められます。2018 年度に始まった新しい専門医の制度では、こうした総合診療が、19 の基本領域の 1 つに加わりました。
これからの医療は、病院の中だけでなく、人が暮らす町の中でも行われます。


05
医学の外の人と、いっしょにつくる
これからの医療は、医師だけではつくれません。ゲノムのデータを読み解く人、AI のプログラムをつくる人、細胞を育てる人、地域で暮らしを支える人と力を合わせます。工学部や情報学部と組んで、医療機器や AI を開発する研究も行われています。
高校の情報 I で学ぶデータの扱い方やプログラミングの基本も、こうした場面で役に立ちます。医学と別の分野の両方が分かる人は、病院でも研究所でも、企業でも必要とされています。
高校生のうちに試せること
ブロッコリーから DNA を取り出す
学校の理科室で先生と一緒に、すりつぶしたブロッコリーに食塩水と台所用洗剤を加え、こした液に冷やしたエタノールを静かに注いでみましょう。白い糸のように見えるのが DNA です。エタノールは火の気のない所で扱ってください。
iPS 細胞の Q&A を読む
京都大学 iPS 細胞研究所(CiRA)のサイトでは、iPS 細胞についての疑問に Q&A の形で答えています。ES 細胞とのちがいや、なぜ再生医療に役立つのかを読み、友だちに説明してみましょう。
iPS 細胞とは?(京都大学 iPS 細胞研究所 よくある質問)自分の県の医師の数を調べる
厚生労働省の統計では、都道府県ごとに、人口 10 万人あたりの医師の数が分かります。2024 年の全国の値は 267.4 人です。自分の県の数字と比べ、地域の医療を支える方法を考えてみましょう。
令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況
「応用: これからの医療」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 44 件から探せます。
幹細胞機能学
広島大学(広島県)
原爆放射線医科学研究所 放射線影響評価部門・放射線医学・渡邉 朋信 教授
光学イメージング技術開発、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、放射線障害予測などを研究している。
発生再生医学
千葉大学(千葉県)
医学研究院 高次機能治療学研究講座・発生再生医学

生体情報科学分野
岡山大学(岡山県)
ヘルスシステム統合科学研究科 ヘルスケアサイエンス部門・医療情報学・森田 瑞樹 教授
地域医療教育学
千葉大学(千葉県)
医学研究院 寄附講座・地域医療教育学

蛋白質医用工学
岡山大学(岡山県)
工学部 化学・生命系 生命工学コース・タンパク質工学・二見 淳一郎 教授
独自のタンパク質可溶化技術を使った抗体検査薬や、バイオ医薬品の生産技術を開発する。
医療情報学分野
京都大学(京都府)
情報学研究科(協力講座)・医療情報学・黒田 知宏 教授
学生団体・機関はまだ掲載していません
よくある質問
これからの医療を学ぶには、情報や工学の知識も必要ですか?
役に立つ場面は多くあります。ただ、まずはからだと病気のしくみをしっかり学ぶことが土台です。そのうえで、統計やプログラミングを授業や自習で少しずつ身につけていけば十分です。
iPS 細胞を使った治療は、もうだれでも受けられるのですか?
2026 年 3 月に承認された 2 つの製品は、条件と期限付きの承認で、対象となる病気も限られています。ほかの病気では、多くがまだ研究や治験の段階です。最新の状況は、研究機関や厚生労働省の発表で確かめてください。
地域の医療に関心があります。どんな進路がありますか?
自治医科大学のほか、卒業後に一定の期間その地域で働くことを条件にした「地域枠」の入試を設けている医学部が多くあります。条件は大学や都道府県によって異なるので、募集要項で確かめてください。