図 1 物理学の広がり物理学の広がり 1
素粒子・原子核
身の回りの物を細かく分けていくと、最後に何が残るのか。目に見えない小さな粒を、巨大な加速器や地下の検出器でとらえ、物質と宇宙の始まりを探る分野です。

ひとことで言うと
入れ子の人形を、いちばん奥まで開けていく
大きな人形を開けると、中から小さな人形が出てきます。物も同じで、分子の中に原子、原子の中に原子核、その中に陽子と中性子があります。いちばん奥の「もう分けられない粒」と、粒どうしをつなぐ力を探すのがこの分野です。

01
物を分けていくと: 原子の奥のクォーク
机も水も空気も、スマートフォンも、すべて原子が集まってできています。原子の大きさは約 1 億分の 1 cm。その中心にある原子核は、理化学研究所によると約 1 兆分の 1 cm しかありません。
原子を直径 100 m の球場まで大きくしても、原子核は 1 cm ほどの粒にすぎません。原子の中は、ほとんどがすき間なのです。原子核は陽子と中性子でできていて、その陽子と中性子は、さらに小さなクォークという素粒子でできています。
陽子と中性子は、なぜばらばらにならないのか。湯川秀樹は、2 つを結びつける力を運ぶ粒(中間子)があると予言しました。この業績で、湯川は 1949 年に日本人で初めてノーベル賞を受けています。
原子の中はほとんどがすき間で、その奥に、さらに小さな粒が隠れています。
図解物を分けていくと
- 1物机・水・空気・スマートフォン
- 2原子大きさは約 1 億分の 1 cm
- 3原子核約 1 兆分の 1 cm。原子の 1 万分の 1
- 4陽子・中性子原子核をつくる粒
- 5クォークいまのところ、これ以上分けられない粒

02
ニュートリノ: 地下 1,000 m の巨大な水槽
ニュートリノは、電気を帯びず、ほかの物とほとんど反応しない素粒子です。ノーベル財団によると、1 秒ごとに数兆個のニュートリノが、気づかれないまま私たちの体を通り抜けています。
とらえるには巨大な装置が要ります。スーパーカミオカンデは、岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下 1,000 m にあります。直径 39.3 m、高さ 41.4 m のタンクに、5 万トンの純水をためています。壁には約 1 万 3 千本の光センサーが並び、ニュートリノが水とまれに反応したときのかすかな光をとらえます。
1987 年 2 月 23 日、前の世代の装置カミオカンデは、遠くの星の大爆発(超新星)から来たニュートリノを 12 個とらえました。通り抜けた 1 京個のうちの 12 個です。この成果で、小柴昌俊さんは 2002 年のノーベル物理学賞を受けました。2015 年には、ニュートリノに質量があることを示した梶田隆章さんも受賞しています。
2026 年のノーベル物理学賞は、フランシス・ハルツェンさんに贈られました。南極の氷 1 立方キロメートルを検出器にしたアイスキューブ実験を率いた研究者です。この実験には、日本から千葉大学のハドロン宇宙国際研究センターが参加しています。
見えない粒も、大きな装置と工夫しだいでとらえられます。

03
加速器: 粒をぶつけて、宇宙の始まりに近づく
加速器は、電子や陽子を光の速さ近くまで加速してぶつけ、そのとき生まれる粒を調べる装置です。ぶつかった瞬間には、宇宙が生まれて間もないころのような、とても高いエネルギーの状態が生まれます。
1972 年、小林誠さんと益川敏英さんは、粒子と反粒子のわずかな違いを説明する理論を考えました。クォークが少なくとも 3 世代(6 種類)あるという予言です。2001 年、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)などの実験がこれを確かめました。2 人は 2008 年のノーベル物理学賞を受けています。
スイスとフランスの国境にある欧州原子核研究機構(CERN)の LHC は、1 周約 27 km の世界最大の加速器です。2012 年 7 月 4 日、ここでヒッグス粒子の発見が発表されました。ヒッグス粒子が現れるのは、衝突のおよそ 10 億回に 1 回です。
茨城県東海村の J-PARC では、加速器で人工のニュートリノを作っています。それを 295 km 離れたスーパーカミオカンデに向けて打ち込むのが、T2K 実験です。ニュートリノは、地中をまっすぐ通り抜けて届きます。
図解日本と世界の加速器
KEK(つくば市)
- 電子と陽電子をぶつける
- いまは Belle II 測定器で観測
- 前の Belle が小林・益川の予言を確認
J-PARC(東海村)
- 陽子を加速する
- 人工のニュートリノを作る
- 295 km 先の神岡へ送る
CERN の LHC
- 1 周約 27 km
- 陽子どうしをぶつける
- ヒッグス粒子を発見


04
ニホニウム: 日本で生まれた 113 番元素
原子核物理学は、陽子と中性子が集まった原子核のしくみを調べる分野です。周期表の 113 番元素ニホニウム(Nh)は、埼玉県和光市の理化学研究所で、森田浩介さんのグループが作り出しました。日本で見つかり、アジアで初めて命名された元素です。
作り方は、数字の上では単純です。陽子が 30 個の亜鉛の原子核を、陽子が 83 個のビスマスの原子核にぶつけて融合させれば、30 + 83 = 113 番になります。難しいのは、小さな原子核どうしがほとんどぶつからず、ぶつかっても融合するのは 100 兆分の 1 の確率しかないことです。
2003 年 9 月に実験を始め、2004 年 7 月 23 日に 1 個目を確認しました。2005 年 4 月と 2012 年 8 月にも合成に成功し、約 9 年で 3 個。できた原子は、1,000 分の 2 秒ほどで別の原子核に変わってしまいます。2016 年 11 月 30 日、名前と記号が正式に決まりました。
新しい元素は、気の遠くなるような回数の挑戦から生まれます。
図解113 番元素を作る計算
- 1亜鉛の原子核を加速器で加速し、ビスマスに当て続ける
- 22 つの原子核が融合すると、陽子は 30 + 83 = 113 個
- 3ぶつかっても、融合するのは 100 兆分の 1 の確率

05
大学での学び方と、広がる仕事
多くの大学では、1・2 年で力学・電磁気学と数学を固め、3 年で量子力学や原子核・素粒子の物理を学びます。4 年で研究室に入ると、KEK や J-PARC など、全国の大学が共同で使う施設の実験に加われることもあります。
実験は、数百人をこえる国際チームで進めるものも多くあります。検出器の部品や電子回路を作る人、膨大なデータを解析するプログラムを書く人など、役割はさまざまです。
素粒子の技術は、思わぬ所で役立っています。2017 年、名古屋大学などの国際チームは、エジプトのクフ王のピラミッドを透視しました。使ったのは、宇宙から降ってくる素粒子ミューオンです。そして、大回廊の上に長さ 30 m 以上の空間を見つけました。ミューオンは X 線よりも物を通り抜けやすいため、巨大な建物の中もレントゲン写真のように調べられます。
大学院に進んで研究者になる人のほか、測る力やデータを解析する力を生かして、電機・医療機器のメーカーや IT の仕事に就く道もあります。

高校生のうちに試せること
霧箱で宇宙線の通り道を見る
ドライアイスとエタノールで透明な容器の中を冷やすと、宇宙線や放射線が通った跡が、飛行機雲のような白い筋として見えます。名古屋大学の研究室が作り方を公開しています。エタノールは燃えやすく、ドライアイスは素手でさわれないので、先生や家の人と一緒に試しましょう。
名古屋大学 F 研「高感度霧箱」KEK の見学と実習を調べる
茨城県つくば市の KEK では、常設展示で宇宙線の観察や放射線の測定を体験できます。研究施設の見学は予約制で、費用はかかりません。学校単位で申し込める、中学生・高校生向けの実習もあります。
KEK「見学したい」周期表で 113 番を探す
教科書の周期表で、ニホニウム(Nh)の場所を探してみましょう。ほかの元素の名前の由来(人の名前・地名・神話など)も調べると、元素を見つけた人たちの物語が見えてきます。
「素粒子・原子核」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 67 件から探せます。

原子核理論研究室
新潟大学(新潟県)
理学部 理学科 物理学プログラム・原子核・ハドロン物理学・本郷 優 准教授
強い相互作用が支配するハドロンや原子核、核物質の構造と反応を理論的に扱う。

粒子系実験研究室
九州大学(福岡県)
素粒子・原子核物理学・吉岡 瑞樹 教授
加速器施設の量子ビームを使って素粒子を実験的に研究する。

原子核物理学
千葉大学(千葉県)
理学部 物理学科・原子核理論・中田 仁 教授
有限量子多体系としての原子核の構造などを理論的に研究する。
極限量子物理学
岡山大学(岡山県)
理学部 物理学科・原子物理・ニュートリノ物理・吉村 浩司 教授
高性能レーザーや検出器を独自に開発し、加速器を使わない卓上実験で標準理論を超える物理を探る。

素粒子物理学
岡山大学(岡山県)
理学部 物理学科・素粒子物理学・小汐 由介 准教授
スーパーカミオカンデで宇宙からのニュートリノやニュートリノ振動を観測し、陽子崩壊も探索する。

素粒子実験(加速器)研究室
東北大学(宮城県)
理学研究科物理学専攻・素粒子実験(加速器)
よくある質問
素粒子の研究には、数学がどれくらい必要ですか?
量子力学や相対性理論を学ぶために、微分積分・線形代数・複素数などを使います。多くの大学では、物理で使う数学を授業でまとめて学ぶので、高校では数学 III までの微分積分をしっかり理解しておくと安心です。
実験と理論は、いつ、どうやって選ぶのですか?
多くの大学では、4 年で研究室を選ぶときに決めます。理論の研究室は数式や計算機で新しい粒子や力の性質を予言し、実験の研究室は検出器を作ってデータを集め、予言を確かめます。湯川秀樹が予言した中間子が、のちに宇宙線の観測で見つかったように、理論と実験がそろって発見になります。

