図 1 物理学の広がり物理学の広がり 5
応用: 分野をまたぐ物理
オーロラはなぜ光るのか、細胞の中の分子はどう動くのか、地震の揺れはどう伝わるのか。物理の考え方と道具を、生き物や地球、エネルギーの問題に持ち込んで解き明かす分野です。

ひとことで言うと
共通の言葉を話せると、どこでも話が通じる
英語を話せると、行き先の国が違っても会話ができます。物理の法則は、自然の共通語のようなものです。力やエネルギー、波や電磁気の考え方は、生き物の体の中にも、地球の内部にも、太陽にも通じます。物理の言葉を持って、ほかの分野に飛び込むのがこの分野です。

01
プラズマとオーロラ: 空が光るしくみ
物質は、固体・液体・気体のほかに、もう 1 つの状態をとります。原子から電子がはがれ、電気を帯びた粒が飛び回る状態で、プラズマと呼びます。雷や蛍光灯の中、そして太陽も、プラズマです。
オーロラは、宇宙から降ってくるプラズマが作る光です。国立極地研究所によると、太陽から放たれた電気を帯びた粒子が、地球の磁場に沿って北極や南極に降りてきます。その粒子が大気の窒素や酸素とぶつかると、緑や赤、紫の光が出ます。
2024 年 5 月 11 日には、大きな磁気嵐で、日本の各地でもオーロラが見られました。国立極地研究所などの研究グループは、市民が撮影した 179 点の写真を分析しました。オーロラの上端が高さ 1,000 km 以上まで光っていた可能性が高く、そのため兵庫県など緯度の低い地域からも見えたと分かりました。
オーロラは、太陽と地球をつなぐ、目に見えるプラズマの物理です。
図解オーロラが光るまで
- 1太陽で爆発電気を帯びた粒子が宇宙へ放たれる
- 2地球の磁場磁場に沿って北極や南極へ降りる
- 3大気とぶつかる窒素や酸素に衝突する
- 4光る緑・赤・紫の光が出る


02
核融合: 地上に小さな太陽をつくる
太陽が輝くのは、中心で水素がヘリウムに変わる核融合が起き、大きなエネルギーが生まれているからです。同じ反応を地上で起こして、発電に使おうとするのが核融合の研究です。
原子核どうしを融合させるには、燃料を 1 億℃にも達するプラズマにして、閉じ込めておく必要があります。そんなに熱い物を入れられる容器はないので、強い磁場でプラズマを宙に浮かせて閉じ込めます。
茨城県那珂市の JT-60SA は、日本とヨーロッパが共同で建設した、超伝導コイルでプラズマを閉じ込める実験装置です。2023 年 10 月 23 日に初めてプラズマを作りました。プラズマの体積 160 立方メートルを達成し、「最大のトカマク型装置」としてギネス世界記録に認定されています。フランスで建設中の国際熱核融合実験炉 ITER(イーター)には、日本を含む 7 つの国と地域が参加しています。
図解JT-60SA の中の温度
超伝導コイル
- 約マイナス 269℃に冷やす
- 電気抵抗ゼロで強い磁場を作る
プラズマ
- 1 億℃にも達する
- 磁場で宙に閉じ込める


03
生物物理: 細胞の中で回るモーター
生物物理学は、生き物のしくみを、力やエネルギー、分子の動きといった物理の言葉で調べる分野です。タンパク質 1 個の動きを顕微鏡で見たり、かかる力を測ったりします。
私たちの細胞は、ATP という物質をエネルギーの通貨として使っています。ATP を作る ATP 合成酵素には、中心の軸が回りながら働くという説がありました。1997 年、吉田賢右さんらの日本の研究チームは、この軸が実際に回る様子をビデオでとらえ、科学誌 Nature に発表しました。体の中で、分子のモーターが回っていたのです。
同じ 1997 年、この回転のしくみを考えたボイヤーらがノーベル化学賞を受けました。細胞の中では、ほかにも、筋肉を縮めるタンパク質や、荷物を運ぶタンパク質など、たくさんの分子モーターが働いています。レーザーで小さな粒をつかむ光ピンセットなど、物理の道具がこうした研究を支えています。
生き物の体の中にも、物理の法則で動く小さな機械があります。

04
地球物理と計算物理: 地震の揺れを先回りする
地球惑星物理学は、地震や火山、大気や海の流れ、地球の内部や惑星の成り立ちを、物理の法則で調べる分野です。地震の波の伝わり方から、人が行けない地球の深い所の様子も分かります。
緊急地震速報は、地震の波の速さの違いを使います。気象庁によると、地震の揺れには、秒速約 7 km で伝わる P 波と、秒速約 4 km と遅いが揺れの強い S 波があります。震源の近くで P 波をとらえて計算し、S 波が届く前に知らせるのです。ただし計算と伝達には数秒かかるため、震源に近い所では間に合わないこともあります。
地震の揺れ方や大気の動きのように複雑な現象は、物理の方程式をコンピュータで解いて再現します。これが計算物理学で、地震の揺れの予測から新しい物質の設計、宇宙の進化の研究まで、物理のあらゆる分野で使われています。
図解震源から 70 km の町では?
- 1P 波が届くまで: 70 ÷ 7 = 10 秒
- 2S 波が届くまで: 70 ÷ 4 = 17.5 秒
- 3差は 17.5 − 10 = 7.5 秒


05
大学での学び方と、広がる進路
応用の分野に進む人も、1・2 年では力学・電磁気学・熱力学と数学という共通の基礎を学びます。多くの大学では、3・4 年でプラズマ物理学、生物物理学、地球物理学、計算物理学などの専門の授業や研究室を選べます。どの研究室があるかは大学によって異なります。
生物物理は医学や生命科学の研究者と、地球物理は気象や防災の専門家と、核融合は工学の技術者と、いっしょに研究を進めます。分野の境目では、物理の考え方が共通の言葉として役立ちます。
進路は、気象や防災の機関、電力やエネルギーの企業、医療機器や製薬の研究開発、大学や研究所の研究者など、分野の数だけ広がっています。
高校生のうちに試せること
地震の P 波と S 波の時間差を計算する
気象庁の解説で緊急地震速報のしくみを読み、家から近くの都市までの距離で、P 波と S 波が届く時間の差を計算しましょう。距離が 2 倍になると、時間の差はどう変わるかも確かめられます。
気象庁「緊急地震速報のしくみ」南極・北極科学館に行く
東京都立川市の国立極地研究所 南極・北極科学館は、入場無料で、南極観測や極地の研究を展示しています。開館日は公式サイトで確かめてから出かけましょう。
国立極地研究所 南極・北極科学館JT-60SA の施設見学会を調べる
茨城県那珂市の量子科学技術研究開発機構 那珂フュージョン科学技術研究所では、JT-60SA を見学できる施設見学会を開いています。見学ツアーは事前の申し込みが必要で、多いときは抽選です。
量子科学技術研究開発機構「先進プラズマ研究開発」
「応用: 分野をまたぐ物理」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 110 件から探せます。
電気電子基礎教育研究分野
千葉大学(千葉県)
工学部 総合工学科 電気電子工学コース・超高層物理学・半導体光物性・森田 健 教授
電離圏を中心に大気から地球周辺の宇宙空間までを観測で調べる研究などを行う。
生理学及び生物物理学
広島大学(広島県)
医系科学研究科 医学分野(基礎系)・基礎医学・藤原 祐一郎 教授
イオンチャネル・受容体・トランスポーターの動作原理、電気生理学、構造生物学などを研究している。
原子炉物理・核融合理工学研究室
九州大学(福岡県)
エネルギー量子工学・藤本 望 教授
放射流体プラズマ研究領域
大阪大学(大阪府)
工学研究科電気電子情報通信工学専攻・放射流体プラズマ・長友 英夫 教授
固体地球物理学
神戸大学(兵庫県)
惑星学・吉岡 祥一 教授
計算物理学
広島大学(広島県)
先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム・物性理論・樋口 克彦 准教授
量子多体系、トポロジカル現象、第一原理計算理論などを研究している。
よくある質問
生物物理学は、生物学科と何が違うのですか?
生き物を対象にする点は同じですが、生物物理学は、分子の動きや力、エネルギーを測ったり計算したりして、しくみを数式で説明することを重視します。物理学科のほか、生命科学や工学の学科にも研究室があり、どの学科に置かれているかは大学によって異なります。
核融合の研究に関わるには、どの学科がよいですか?
プラズマの性質そのものを調べるなら物理学科、装置や材料を作るなら工学部の原子力・エネルギー・電気電子などの学科が近いです。大学院で、核融合科学研究所や量子科学技術研究開発機構と共同で研究する研究室もあります。


