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図 1 生物の広がり生物の広がり 5

広がり: 医療・食料・環境

生物で学ぶ免疫、遺伝子、染色体、生態系の知識は、社会のさまざまな場面で使われています。感染症を防ぐ考え方、食品の表示の検査、種なしスイカ、トキの野生復帰などです。高校の生物が、ニュースの裏側でどう生きているかを見ていきます。

田んぼの上をトキが飛ぶ里山で話し合う高校生、検査室で小さなチューブを機械にセットする大学生、切ったスイカの断面をのぞき込む高校生たち

ひとことで言うと

料理の基本を知ると、献立が自由になる

包丁の使い方や火の通し方を覚えると、初めて見るレシピでも作れるようになります。生物で学ぶ免疫や遺伝子、生態系のしくみも同じです。病気を防ぐ、食べ物をつくる、自然を守るといった場面で、新しい問題に応用できます。

01

病気と免疫: 「みんなで守る」を数字で考える

生物基礎で学ぶ獲得免疫の記憶は、予防接種に生かされています。ワクチンは、病原体やその一部を前もって体に覚えさせるものです。厚生労働省によると、麻しん(はしか)のワクチンを接種すると、95% 程度の人が免疫を獲得できます。2 回受けると免疫がより強くなり、1 回目で十分に抗体ができなかった人の多くにも免疫がつきます。

感染症の広がりやすさは、基本再生産数(R0)で表されます。免疫を持たない集団の中で、1 人の患者が平均何人にうつすかを推定した値です。京都府感染症情報センターによると、インフルエンザの R0 が 1〜3 なのに対して、麻しんは 12〜18 と、とても高い値です。

R0 が分かると、集団の何割が免疫を持てば流行が広がりにくくなるかを見積もれます。1 人がうつす相手が平均 1 人未満になればよいので、目安は「1 − 1/R0」です。麻しんでは 92〜94% 以上になります。世界保健機関(WHO)は、流行を防ぐため、麻しんのワクチンの 2 回の接種率を 95% 以上に保つ必要があるとしています。

日本は 2015 年 3 月、WHO の西太平洋地域事務局から、麻しんの排除状態にあると認定されました。今は、海外から持ち込まれた例と、そこから広がった例だけが報告されている状態です。

1 人が何人にうつすかが分かると、流行を防ぐのに必要な免疫の割合を計算できます。

図解麻しんの流行を止めるには、何割の免疫が必要?

入力麻しんの基本再生産数 R0 は 12〜18
  1. 1免疫を持つ人の割合を p とする
  2. 21 人がうつす人数は R0 × (1 − p) になる
  3. 3これが 1 未満なら、流行は広がりにくい
  4. 4p > 1 − 1/R0。R0 = 18 なら 1 − 1/18 ≒ 0.944
結果集団の約 94% 以上が免疫を持つ必要がある。R0 が 2 の感染症なら 50% でよい

02

PCR などの遺伝子技術: 豆腐の表示を、DNA で確かめる

遺伝子組換えの技術でつくられた作物は、国の安全性の審査を経たものだけが流通できます。神奈川県衛生研究所によると、日本で表示の義務があるのは 8 つの作物です。大豆、とうもろこし、ばれいしょ、なたね、綿実、アルファルファ、てん菜、パパイヤです。それらを原料とする、豆腐や納豆、みそなど 33 の加工食品群も対象です。

表示が正しいかを確かめるのに使われるのが、PCR 法です。PCR は、特定の DNA の部分だけを、短い時間で大量に増やす技術です。組換えた遺伝子に特有の部分を増やせば、ごく少しでも見つけられます。神奈川県衛生研究所は、表示が義務になった 2001 年から検査を続け、混ざっている割合を測る検査も行っています。

表示のルールは、2023 年 4 月に変わりました。消費者庁によると、「遺伝子組換えでない」と表示できるのは、組換えの作物が混ざっていないと確認できたものだけになりました。組換えの作物と分けて管理したうえで、確かめる必要があります。それまでは、意図しない混入が 5% 以下なら、この表示ができました。混入を 5% 以下に抑えたものは、「分別生産流通管理済み」などと表示できます。

PCR で特定の遺伝子を増やすと、食品の表示が正しいかを科学的に確かめられます。

図解食品の表示を、PCR で確かめる流れ

  1. 1食品を集める県内で売られている豆腐などを集める
  2. 2DNA を取り出す食品から DNA を抽出する
  3. 3PCR で増やす組換え遺伝子に特有の部分を増やす
  4. 4検出・定量あるか、どれだけ混ざるかを測る
  5. 5表示と照らす合わなければ、表示や原料の管理を調べる

03

発酵と品種改良: 種なしスイカは、染色体の数で生まれた

品種改良は、遺伝のしくみを食べ物づくりに生かす技術です。分かりやすい例が、種なしスイカです。ふつうのスイカは、体の細胞に同じ形の染色体を 2 組ずつ持つ 2 倍体です。染色体の数を倍にした 4 倍体と、2 倍体をかけ合わせると、染色体を 3 組持つ 3 倍体ができます。

3 倍体では、減数分裂のときに、3 本ずつある染色体をうまく 2 つに分けられません。そのため、正常な卵や花粉がほとんどできず、種が育ちません。横浜市立大学木原生物学研究所によると、この種なしスイカを開発したのは、遺伝学者の木原均です。神奈川県の資料によると、日本では 1940 年代から、3 倍体の種なしスイカの品種が育てられてきました。

今も新しい品種が生まれています。秋田県農業試験場の「あきた夏丸アカオニ」は、県の品種「あきた夏丸」の片方の親を倍数化して育てた、3 倍体の品種です。種がほとんどなく、糖度は 13 度以上あります。減数分裂のしくみが、食べやすさにつながっているのです。

品種改良と並んで、微生物の力を借りる発酵も、生物の知識が生きる分野です。生物では、酸素を使わずに糖を分解してエネルギーを取り出す発酵を、呼吸と比べて学びます。みそやしょうゆ、ヨーグルト、パンなど、身近な食べ物の多くが発酵でつくられています。

染色体の組の数を変えると、種のできない果物をつくれます。

図解種なしスイカができるまで

  1. 12 倍体のスイカ染色体を 2 組持つ、ふつうのスイカ
  2. 24 倍体をつくる薬品などで染色体の数を倍にする
  3. 3かけ合わせる4 倍体と 2 倍体を交配する
  4. 43 倍体の種染色体を 3 組持つ種ができる
  5. 5種なしの実減数分裂がうまくいかず種が育たない
半分に切った小玉スイカの 2 つの断面。赤い果肉に黒い種がなく、白く小さな種の跡だけが見える
種なしスイカの断面(アメリカで売られていたもの)。3 倍体のスイカでは種が育たず、白く小さな種の跡だけが残ります。写真: Scott Ehardt(Public domain・Wikimedia Commons)

04

外来生物と保全: 本州の空に、トキが帰ってきた

トキは、田んぼや湿地で、ドジョウやカエル、小さな昆虫などを食べる鳥です。環境省によると、明治時代に羽毛をとるために乱獲され、昭和以降も、森林の伐採や農薬の多用、山あいの田んぼの減少で数を減らしました。1981 年には、野生のトキをすべて捕獲して、人工的に増やす取り組みが始まりました。2003 年には、野生で生まれた最後の日本のトキ「キン」が死にました。

その後、中国から贈られたトキを人工的に繁殖させ、2008 年から新潟県の佐渡島で放鳥が始まりました。環境省の評価によると、これまでに 32 回で合計 530 羽が放たれ、野生の推定個体数は 473 羽まで増えています。もとは数羽のトキから増やしたので、遺伝的多様性を保ちながら増やすことが目標に掲げられています。

2026 年 5 月 31 日と 6 月 14 日には、石川県羽咋市で合わせて 18 羽が放たれました。本州で初めての放鳥です。陸続きの本州では遠くまで広がる可能性があるため、全羽に GPS の足環が付けられています。環境省は、2027 年度の上半期に島根県出雲市でも放鳥する方針です。トキがすめる田んぼや水辺を守ることは、ドジョウやカエルなど、ほかの多くの生き物を守ることにもつながります。

保全では、外来生物への対策も欠かせません。外来生物は、人の活動によって本来いなかった場所に持ち込まれた生き物で、在来の生き物を食べたり、すみかを奪ったりすることがあります。生き物を守るには、増やす取り組みと、乱すものを減らす取り組みの両方が必要です。

トキの野生復帰は、田んぼや水辺の生き物全体を守る取り組みでもあります。

図解トキの野生復帰の歩み(環境省の資料から)

  1. 11981 年野生のトキをすべて捕獲し、人工繁殖へ
  2. 21999 年中国から贈られたつがいからヒナが誕生
  3. 32003 年野生生まれの最後の日本のトキが死ぬ
  4. 42008 年佐渡島で放鳥が始まる
  5. 52012 年野生下で 36 年ぶりにヒナが誕生
  6. 62026 年石川県で本州初の放鳥
緑に囲まれた浅い水辺に、白い体で顔が赤く、黒く長いくちばしが下に曲がったトキが立っている
佐渡トキ保護センターで飼育されているトキ。顔の赤い皮膚と、下に曲がった長いくちばしが特徴です。写真: Totti(CC BY-SA 4.0・Wikimedia Commons)

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大学では: 医学・農学・環境科学へ

このページの話題は、大学ではさまざまな学部に分かれて学びます。予防接種や感染症は医学部や薬学部の公衆衛生学や免疫学、PCR などの検査は臨床検査や食品衛生の分野で扱います。品種改良は農学部の育種学、トキの保全は保全生態学の分野です。科目の名前や学ぶ学部は、大学によって異なります。

仕事も幅広くあります。保健所や衛生研究所で検査をする人、種苗会社や県の農業試験場で品種をつくる人がいます。国や自治体で、野生の生き物を守る人もいます。どれも、高校の生物が出発点になる仕事です。

つまずきやすいのは、遺伝の計算です。種なしスイカのように、染色体の「組」の数で考える問題があります。まず 1 組が何本かを確かめ、減数分裂で組がどう分かれるかを図にしてください。数字だけで解こうとせず、染色体の絵を描いてから式を立てると、間違いが減ります。

クイズ医療・食料・環境クイズ

本文を思い出しながら答えてください。

  1. Q1麻しんの基本再生産数 R0 は 12〜18。インフルエンザ(1〜3)と比べて、うつる力は?

  2. Q2環境省の評価で、佐渡島の野生のトキの推定個体数は何羽まで増えた?

  3. Q3種なしスイカは、染色体を何組持つスイカ?

0 / 3 問に回答

高校生のうちに試せること

  • 食品の表示で、遺伝子組換えの書き方を探す

    家にある豆腐や納豆、コーンスナック菓子の原材料の欄を見てみましょう。「遺伝子組換えでない」「分別生産流通管理済み」「遺伝子組換え不分別」など、どの表示があるかを記録します。消費者庁のリーフレットで、それぞれの意味を確かめてください。

    消費者庁「知っていますか?遺伝子組換え表示制度」(PDF)
  • R0 から、必要な免疫の割合を計算する

    「1 − 1/R0」の式に、R0 を 2、5、10、18 と入れて、必要な免疫の割合を表にしましょう。R0 が大きくなるほど割合がどう変わるかをグラフにすると、麻しんが特に注意される理由が見えてきます。

  • トキの野生復帰の歩みを調べる

    環境省のサイトでは、トキが減った理由や、保護と野生復帰の歩みを年表で読めます。佐渡島や石川県の取り組みを調べ、トキがすめる田んぼにするために、どんな工夫がされているかを探してみましょう。

    環境省「トキ」

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よくある質問

PCR は、医療以外にも使われていますか?

使われています。食品の表示が正しいかを確かめる検査のほか、作物の品種を見分ける検査や、川の水に含まれる DNA から生き物を調べる研究などにも使われます。特定の DNA を増やして見つけるという同じしくみが、さまざまな分野で役立っています。

種なしスイカは、遺伝子組換え作物ですか?

違います。種なしスイカは、染色体の組の数を変えてつくる品種で、ほかの生き物の遺伝子を入れているわけではありません。遺伝子組換えは、ほかの生き物の遺伝子を細胞に組み込む技術で、品種改良の中でも別の方法として区別されています。

生物を学ぶと、どんな仕事で社会の役に立てますか?

医療や検査、食品、農業、環境の仕事などで役立ちます。たとえば、衛生研究所で食品の検査をする人、県の農業試験場で新しい品種をつくる人、自然保護の仕事でトキのような生き物を見守る人がいます。大学で専門を深めると、選べる仕事がさらに広がります。