図 1 国語の広がり国語の広がり 5
言葉のしくみと文化
敬語や言葉の移り変わり、方言、翻訳や言い換えなど、日本語そのもののしくみと文化を考える領域です。ふだん何気なく使う言葉にも、調べると意外な歴史や理由が見つかります。

ひとことで言うと
街の中に、昔の道が残っている
新しい道路ができても、古い商店街の細い道は残り、町の歴史を伝えています。言葉も同じです。新しい言い方が広がる一方で、古い言い方が遠くの地域や決まった場面に残り、日本語の歩みを教えてくれます。

01
敬語: 「お召し上がりになる」は二重敬語なのに使ってよい?
言葉のしくみは、全員が学ぶ「現代の国語」でも扱います。その代表が敬語です。文化審議会の「敬語の指針」(2007 年)は、同じ種類の敬語を 1 つの語に重ねたものを「二重敬語」と呼びます。そして、一般に適切ではないとしています。「読む」を「お読みになる」にしたうえで、さらに「れる」を足した「お読みになられる」がその例です。
ところが指針は、語によっては習慣として定着しているものもあるとしています。例は「お召し上がりになる」「お見えになる」「お伺いする」です。決まりと、実際に定着した使い方の両方を見るのが、言葉を調べる面白さです。
よく耳にする「させていただく」にも、指針は考え方を示しています。自分が行うことを、相手の許可を受けて行い、そのことで恩恵を受ける場合に使う形だというのです。本のコピーを頼む「コピーを取らせていただけますか」は、これに当たります。
一方、自己紹介の「〇〇高校を卒業させていただきました」について、指針はこう説明しています。許可や恩恵の条件を満たしていないと感じる場合には、不適切だと判断される、というのです。ただし、先生方の格別の配慮で卒業できた、という文脈なら、必ずしも不適切とは言えないとも書いています。
敬語は、決まりと、実際に定着した使い方の両方から考えます。
図解「させていただく」の使いどころ
合っている
- コピーを取らせていただけますか
- 相手の許可を受けて行う
- 恩恵を受ける気持ちがある
簡潔な形もある
- 発表させていただきます
- →「発表いたします」でもよい
- 許可を受ける場面でなければ
不適切と感じられやすい
- 高校を卒業させていただきました
- 許可も恩恵も感じにくい
- 文脈によっては許容される

02
言葉の移り変わり: 「見れた」と「全然」
言葉は時代とともに変わります。文化庁の令和 2 年度「国語に関する世論調査」は、「今年は初日の出が見られた」と「見れた」のどちらを普通使うかを聞きました。16〜19 歳では、「見れた」を選んだ人が 83.3% でした。70 歳以上では、「見られた」が 63.9% です。
調査の資料によると、「見れる」のような形は、「読める」「書ける」などの可能動詞の影響によるものと考えられています。一方で、「彼が来るなんて考えれない」を選ぶ人は少なく、全ての年代で 8 割を超える人が「考えられない」を選びました。変化の進み方は、言葉によって違うのです。
「全然」も、使い方が移り変わってきた言葉です。今は「全然〜ない」と否定とともに使うのが正しいと思われがちです。しかし『日本国語大辞典』によると、「全然」はもともと肯定にも否定にも使えました。否定との結びつきが強まったのは、大正の末から昭和にかけてです。1901 年の国木田独歩の小説にも「僕は全然恋の奴隷であったから」とあります。
若い人の言葉にも、調べると歴史があります。同じ調査の資料は、「めっちゃ」は関西地方などで以前から使われていたとしています。「めっちゃおいしい」という言い方が「気にならない」人は、80.5% でした。
言葉の変化には理由と歴史があり、調査や辞書で確かめられます。
図解「全然」の使われ方の移り変わり
- 1江戸時代後期中国の小説から取り入れられる
- 2明治肯定にも否定にも使う
- 3大正末〜昭和否定との結びつきが強まる
- 4昭和 20 年以後肯定で程度を強める使い方が現れる

03
方言: カタツムリの呼び名は、都から波のように広がった
カタツムリを、あなたの地域では何と呼びますか。民俗学者の柳田國男は『蝸牛考』(1930 年)で、カタツムリの呼び名が全国でどう分布しているかを調べました。近畿とその周りにはデンデンムシ系が分布し、その外側のマイマイ系、カタツムリ系、ツブリ系の順に古い言い方だと考えたのです。
柳田は、都で生まれた新しい言い方が波紋のように周りへ広がり、古い言い方が遠くの地域に残ったと考えました。これを方言周圏論といいます。遠く離れた地域どうしで同じ言い方が見つかることがあるのは、このためだと説明できます。
ただし日本大百科全書は、周圏論は方言についても万能ではないと説明しています。地方の町でも新しい言葉が生まれ、周りへ広がるからです。国立国語研究所の『日本言語地図』(1966〜1974 年刊)は、全国の方言の分布を 300 枚の地図にまとめています。カタツムリの地図もあります。
方言には、共通語に置きかえにくい言葉もたくさんあります。学習指導要領の解説は、地域による言葉の違いの例を挙げています。大阪の「ぼちぼちでんな」(まあまあですね)や、沖縄の「なだそうそう」(涙が止めどなく流れる)です。
方言の分布は、言葉が広がってきた歴史の記録でもあります。
図解カタツムリの呼び名の分布(『蝸牛考』)
- デンデンムシ系近畿とその周り。いちばん新しい
- マイマイ系その外側。次に新しい
- カタツムリ系さらに外側。より古い
- ツブリ系より遠く。4 つの中で最も古い


04
翻訳と言い換え: 「社会」も「恋愛」も明治の訳語
明治時代、日本には西洋の新しい考え方が一気に入ってきました。学習指導要領の解説は、その新しい概念を漢語で表したことを、中国の文化を受け入れてきた経験が役立った例として挙げています。
たとえば、英語の society に「社会」という訳語を当てたのは、明治初期の福地桜痴(源一郎)だとされています。英語の love の訳語としては、「愛恋」「恋慕」などと並んで「恋愛」が使われ、明治 20 年代から「恋愛」が優勢になりました。individual の訳語も、「一個の人」「一個人」を経て、明治中期に「個人」に落ち着いたようです。
今は反対に、カタカナ語をどう言い換えるかが課題です。国立国語研究所は 2003〜2006 年に、分かりにくい外来語 176 語の言い換えを提案しました。「インフォームドコンセント」は「納得診療」や「説明と同意」、「アジェンダ」は「検討課題」です。訳すことは、相手が分かる言葉を探すことでもあります。
訳語や言い換えを選ぶときは、読み手が分かる言葉かどうかを考えます。
図解カタカナ語を言い換える(国語研の提案)
- 1読み手は、医療の専門家ではない患者や家族
- 2提案の言い換え語は「納得診療」「説明と同意」
- 3意味の説明「十分な説明を受けた上での同意」を添える

05
大学では: 日本語学で「なぜ」を確かめる
大学では、日本語学(国語学)の授業で、音・文法・語彙・敬語・方言と、その歴史を、実際の言葉のデータをもとに調べます。新聞や本などの大量の文章を集めたコーパスを検索し、ある言い方がいつから、どのくらい使われてきたかを数える研究もあります。
言葉のしくみの知識を生かす仕事もあります。日本語を外国の人に教える日本語教師、辞書をつくる編集者、ニュースの言葉を考えるアナウンサーなどです。
特別な準備はいりません。家族や友達の言葉づかいに「なぜ?」と思ったら、それが研究の入り口です。気になった言葉をメモしておくことから始めてください。
高校生のうちに試せること
『日本言語地図』でカタツムリを探す
国立国語研究所のサイトでは、『日本言語地図』の 300 枚の地図を無料で見られます。第 236 図からの「かたつむり」の地図で、自分の住む地域の呼び名を探しましょう。家族や祖父母の呼び方とも比べてみてください。
国立国語研究所『日本言語地図』地図画像身の回りのカタカナ語を言い換える
学校のお知らせやニュースから、分かりにくいカタカナ語を 5 つ集めましょう。国立国語研究所の「外来語」言い換え提案に載っていれば、その言い換え語と比べます。載っていなければ、自分で言い換えを考えてみてください。
国立国語研究所「外来語」言い換え提案耳にした「させていただく」を集める
テレビやお店、部活などで耳にした「させていただく」を 1 週間メモしましょう。相手の許可を受けているか、恩恵を受けているかで分けると、「敬語の指針」の考え方で適切さを判断する練習になります。
「言葉のしくみと文化」に関連するコミュニティ
研究室・部活・サークルなど、全国の 10 件から探せます。
よくある質問
「ら抜き言葉」は、使ってはいけないのですか?
文化庁の調査の資料は、「見れる」などの形は、共通語では改まった場で使うのは適当ではないとされてきた、と説明しています。一方で、若い世代では多くの人が使っています。友達との会話と、面接や作文のような改まった場面とで、使い分けるのが現実的です。
方言を使うのは、恥ずかしいことですか?
恥ずかしいことではありません。学習指導要領の解説も、地域に特徴的な言葉には、昔の言葉が形を変えて残っているものがあると説明しています。方言は地域の歴史を伝える言葉です。場面に応じて共通語と使い分けられることが、言葉の豊かさにつながります。
